4.高嶺の花系ツンデレ幼馴染ヒロインは現実にも存在する、のかもしれない
「せんぱぁい、デートしましょうよぉ」
デートの翌日、空き教室にて。
四限の授業を終え、お互いに五限がなかった俺たちは、ラノベ同好会の部会を開いていた。
空き教室の適当な席に並んで座る。
机の上には早紀の愛するラノベが置かれていた。
早紀は一年前に出版されたこの作品の主人公とヒロインの関係性に未だに狂っており、ことあるごとに続刊はないのかと騒いでいるが、未だ音沙汰はないらしい。
かわいそうに。
「前のデートではコラボカフェに行けなかったじゃないですか」
今日の早紀は黒髪を緩めの三つ編みにしていた。
頭の部分の毛がぴょこぴょこと跳ねている。
早紀はコレがニュアンスのある今どき垢抜けヘアなのだと主張しているが、俺からするとボサボサにしか見えないというのが本音だ。
これは俺の知識不足による問題なのか、早紀が不器用なだけなのか、俺にはわからない。
「やり直ししましょうよぉ」
早紀は俺の腕にまとわりついた。
鬱陶しい。
俺はその腕を振り払う。
しかし、その一件については俺も申し訳ないと思っていた。
仮とはいえせっかくの初デートだったのに、まともに楽しませてやれなかったどころか、悲しい思いをさせてしまったのだ。
「で、どこに行くんだ」
女の子の行きたい場所などわからないので、俺は彼女に丸投げする。
「ここです」
早紀は俺の方に身を寄せ、「アンドコスメ」と書かれたサイトを見せてくる。
「コスメの口コミサイトの公式ストアで、いろんなコスメが揃ってるんです。今なら千円以上のお買い上げでコスメのサンプルが一つ無料なんですよ!」
……申し訳ないが、俺はコスメに興味はなかった。
早紀がなにを言っているのか、現時点で半分ほどしか理解できていない。
「そのデートで俺が楽しめる要素は?」
「多分ないです」
早紀は爽やかな笑顔を弾けさせる。
「あ、でもぉ、女の子に対する解像度は上がるんじゃないですか?」
「というと?」
「地の文で女の子を描写するときの語彙のレパートリーが増えますよ。今は『顔がかわいい』としか書けない場面も、チークがどう、アイラインがどうって書けるようになるかも」
「なるほど……」
小説において地味に難しいのが、地の文の描写である。
たとえば「〜が言った」と繰り返してはならない、だとか。
言った、ではなく、行動を描写しなくてはならない。そのときのボキャブラリーが増えるというのは決して悪くない話だった。
「だって今の先輩の書く小説って女の子のおっぱいのことばっか書いてるじゃないですか。
双丘とか言葉変えたところでおっぱいはおっぱいじゃないですよ」
仮にも女の子の口から、そんな言葉を何度も聞きたくはなかった。
「そんなに書いてないだろ……」
早紀は同好会に入ってすぐの頃、俺のスマホを取り上げ、書きかけでドキュメントアプリに保存していた小説を勝手に読みやがったことがある。
早紀が言っているのはおそらくそのことなのだろう。
早紀の指摘は半分事実だが、読者が喜んでいるのだから仕方ないだろと言いたい。
俺が強く否定できずにいると、早紀は明らかに調子に乗った。
「いいえ、書いてますよ。
おっぱいおっぱいおっぱいおぱぱぱぱぱ……んぐっ!?」
「うるさい、黙れ」
俺は立ち上がり、早紀の口を塞ぐ。
「んー! んー!」
早紀は俺の手の下で恥ずかしげもなく声にならない声を上げた。
早紀の鼻息が指に触れる。……なんか絶妙にすごく嫌だ。
「もう二度とその件については言及しないと約束するか?」
早紀は必死にコクコクと頷いたを
俺の腰くらいの位置にあるつむじが上下に揺れる。
「よかろう」
俺は再び席につく。
解放された早紀は俺に顔を近づけ、キャンキャンと喚いた。
「酷いですよ、先輩!!
ちょっといじっただけなのにぃ!」
「それは俺に対するセクハラだ。そういうこと言うからモテないんだぞおまえは」
早紀はえーんと、目頭を押さえた。甘ったるく、わざとらしい声。
もう一回どつくぞ。
「ところで、デートについてなんですけど」
本日の茶番タイムは終わったのか、早紀はケロッとした顔で頬杖をついた。
「この前のお詫びってことで、いいじゃないですか」
「気にしてないんじゃなかったのか」
「さっき急に気になり始めました」
早紀はコスメの口コミサイトをスクロールする。
コスメを新調しようとしているのは、遥香に容姿を貶されたからなのかもしれない。
あんなことを言われては傷つくのも無理はなかった。
「……やっぱり気にしてるのか、あのこと」
「まあ、はい」
早紀は一瞬だけ寂しそうに目を伏せたが、またすぐにスマホの上で伸ばし途中の爪を滑らせる。
「流石にあそこまで言われるとねー……。でも、私が芋くさいことなんて私が一番よくわかってますし、あの人のおかげで改めて頑張ろうって思えましたよ」
カラコンを変えたのだろう、あの日よりも少し小さな瞳の中で、淡い光が揺らめく。
「そう言えば誰なんですか、あの人」
「ああ、あれは……」
よく考えたらまだ説明していなかったと気づいた。
俺は遥香と幼馴染であること、文芸サークルで起こったことを説明する。
「……物好きな女の子もいるんですね、先輩なんかに惚れるなんて」
「は!?」
早紀は口元を手で隠しながら、ニヤニヤと目を三日月形にした。
「考えてみてください、先輩。長い付き合いのある先輩の好きな女の子……たとえば私が、先輩のまったく知らない趣味を持っていて、それを自分に隠していたら?」
「待て、俺は別におまえのこと好きじゃないし、長い付き合いでもないぞ」
「いいから、質問に答えてくださいよ」
早紀のことは一度置いておいて、そのシチュエーションを想像する。
「……面白くないかもしれないな」
「じゃあ、自分がその趣味を理解しようと頑張ってる間に、その子が趣味の合う他の男と仲良くなっていたら?」
あまり気分は良くないだろう。
自分だって相手の趣味を一緒に楽しんであげたいという意思を持っていたのに、ぽっと出の男に取られるのだ。
その男のことは当然嫌いだし、その趣味のことも悪く言いたくなってしまうかもしれない。
……とそこまで考えてハッとした。
「じゃあまさか……いやでも、そんなはずは」
遥香は容姿端麗で成績優秀、幼馴染ではあるが、地味な俺と釣り合うとは思っていない。
高校生の頃から、あいつの周りはキラキラした奴らで埋め尽くされていた。
確実に、クラスで一、二を争う人気を誇っていた女の子。高嶺の花。
俺と遥香は幼馴染だからという情で一緒にいてくれていたのだと認識している。
「この鈍感系ラブコメ主人公め〜、ていっていっ」
早紀は俺の腕を二本の人差し指でつつく。
そのときだった。
スマホのメッセージアプリの通知が鳴る。
アプリを開くと、それは遥香からだった。
『今どこにいるの』
『大学だけど』
なにごとかと思いながらも返信する。
『大学のどこ』
『503教室』
『行ってもいい?』
『いいよ』
顔を上げると、早紀が身を乗り出して俺のスマホの画面を見ていた。
「人のスマホを勝手に見るな」
「その遥香さん?って人、今から来るんですか?」
「ああ、そうみたいだが……」
俺の言葉を遮るように、ガラリと大きな音を立てて教室のドアが開いた。
「よかった……いた」
ドアの前で、遥香がピタリとしたTシャツの肩を大きく上下させている。その額には汗が滲み、ミルクブラウンの髪が張り付いていた。
「そんなに急いで来なくても」
俺は別に、遥香を嫌っているわけではない。
幼馴染の好だ。昨日のことは謝らない限りは許さないが、謝って早紀が良いと言うなら許すつもりだった。
「どうしても、言わなきゃと思って……」
息を整え、遥香は長くスラッとしたジーンズの脚で早紀のもとにツカツカと歩いてきた。
「昨日は、ごめんなさい!」
綺麗に緩く巻かれた髪が、バサリと下に垂れた。
「人の容姿についてあんなこと言うなんて、自分だって言われたら傷つくに決まってるのに……本当にどうかしてました。
許してとは言わないけど、ごめんなさい」
遥香のあまりの勢いに早紀は目を丸くしたが、少しすると優しい笑顔を浮かべた。
「いえいえ、いいですよ」
顔を上げた遥香の手を、早紀は掴む。
「遥香さん、でしたっけ。私、法学部一年生、ラノベ同好会の西条早紀っていいます。私の垢抜けの師匠になってください!」
遥香は眉尻を下げ、よく光の入る目をうるませた。
「早紀ちゃんっていうのね……いいの?」
「はい!」
早紀は三つ編みを晴れやかに揺らした。
「わたし、天海遥香。文学部の三年生。文芸サークルの部長よ。よろしくね」
いつの間にか文芸サークルの部長になっていたとは。知らなかった。
遥香は早紀の手を握り返す。
「あなたはかわいいわ。そしてきっとこれから先、もっとかわいくなる。応援するし、私にできることなら協力する」
早紀は握った遥香の手をぶんぶんと振った。遥香は少し痛そうにしているが、ホッとしているようだ。
「海、あんたラノベ同好会なんて作ってたのね」
遥香は早紀の手を優しく解き、俺のほうへ目を向けた。
「海も、あのときはごめんなさい。
私だって純文学を愛しているのに。
誰かの愛する作品を貶すなんて、ありえないことしちゃった」
「俺もあのときはムキになっていたと思う。すまない」
一年以上続いたわだかまり。
それが解けるチャンスを逃す道理はなかった。
「先輩、今度のデート、遥香さんにも来てもらいましょうよ」
早紀は俺のほうを振り返る。
「え、そんな。付き合ってる二人を邪魔するなんて……」
「俺とこいつは付き合ってないぞ」
「え?」
あらぬ誤解を生んでいそうなので、俺は早紀との関係性を説明することにした。
「こいつはあくまで仮の恋人だ。こいつの男遊びの練習に付き合わされてるんだ、俺は」
「男遊びの、練習……?」
遥香は明らかに困惑している。
そりゃそうだ。俺も初めて言われたときはこうだった。
しかし、遥香の頬のこわばりがなくなり、明らかに緩んでいるのはなぜだろう。
やはり早紀に許してもらえたからなのか、それとも幼馴染の俺と仲直りできたからなのか。
早紀は胸の前で両拳を握った。アニメキャラの仕草を真似ているのだろう。
「私ね、モテたいんです!
だから一旦先輩で練習として付き合ってもらってて……。だから、遥香さんが先輩のこと好きなら譲ってあげますよ!」
「すすすすす好きなんかじゃ!」
遥香はいきなり大声を出す。
遥香のチーク、こんなに濃かったか?
「や、やっぱりキモい! オタクはキモい!」
「そういやこの前のおまえ、店員にしてもやたらあの作品に詳しかったよな」
「あ、あれは、研修で勉強させられてぇ!」
さっきのしおらしい態度はどこへやら、遥香はそっぽを向く。
「男の趣味を馬鹿にする女はフラれますよ〜?」
早紀は遥香の脇腹を二本の人差し指でつつく。
「〜〜〜っ!
わかったわよ、しょうがないわね!」
遥香は「キシャー!」という音が聞こえてきそうなほど俺を威嚇しながら、拳を握りしめた。
「文芸サークルの一件の後、あんたが好きだって言ってたラノベ、読んでみたのよ……」
遥香は俺から目を逸らしながらかろうじて聞き取れるくらいの小さな声を絞り出す。
「悪く、なかったわ……。
純文学以外の作品も、面白いのね」
早紀は満足げに頷いた。
「じゃあ遥香さんもラノベ同好会に」
「それだけは絶対にない!」
「え」
遥香はずかずかと俺の元に歩いてきた。
「早瀬海!」
「は、はい」
遥香は人差し指をビシッと俺の方へ突きつける。
初めて見る遥香のその仕草は、明らかになんらかのアニメの影響を受けていた。
「文芸サークルの部長として、あなたに勝負を挑むわ。純文学の良さをもう一度わからせてあげる!」
遥香の茶の髪をオレンジ色の太陽の光がさらに明るく染める。
長いまつげに縁取られた色素の薄い瞳が、まっすぐに俺を捉えていた。
「わからせって単語が出てくるあたり、相当ディープなところまで楽しんだんですね」
「そうだな」
俺と早紀は顔を見合わせる。
「ちょ、ちょっとそこ、うるさい!」
キャンキャンと吠える遥香を置いて、俺たちは鞄を片付け始める。
そろそろいい時間だ。
酒と飯を買っていつものカラオケに場所を移そう。
「待ちなさいよ、二人とも!!」
遥香も大きなバッグを肩から提げ、追いかけてくる。
「先輩たち! カラオケ、三人で予約しておきますね!」
この日、俺と遥香は潰れる一歩手前まで早紀に酒を飲まされた。
翌日の夜、俺はパソコンの前で頭を悩ませていた。
家で一人になって改めて、先日の早紀の言葉を思い出す。
『……物好きな女の子もいるんですね、先輩なんかに惚れるなんて』
遥香が俺のことを好いている……?
確かに遥香は素直じゃないところのある女の子だった。
遥香から彼氏ができたなどという話は聞いたことがない。
しかし、あれだけ容姿がよければもっと他のハイスペックな男を好きになるだろう。
早紀が前に言っていた通り、俺なんかと付き合っても周りは羨ましがらないのだ。
だが、好かれているとしたら悪い気はしない。むしろめちゃくちゃ嬉しい。
ずっと一緒にいるがゆえに遥香を恋愛対象として意識したことはなかったが、明日から見る目が変わってしまいそうだ。
俺は遥香と早紀と共にコスメショップに行こうと約束した日を確認する。
今週の土曜日。三日後に迫っていた。
ひょっとしたら、人生初の彼女ができたりして……?
……いや、早紀の前例がある。あまり調子に乗るのはやめておこう。
俺は頭の中で膨らむ妄想を打ち消すべく、パソコンを開く。
西瓜すいかは最新話を更新していた。
今回ついに登場したライバルヒロインは高嶺の花の幼馴染らしい。
投稿直後、西瓜すいかはSNSでこうつぶやいていた。
『ライバルヒロインは主人公をずっと好きだったのに、ぽっと出のメインヒロインに奪われるのは可哀想というか……
いっそのことライバルヒロインのほうをメインにしちゃおうかな
ライブ投稿のよくないところですね、これは』
俺はメインヒロインも頑張り屋で好きなんだけどな、と思ったが、やはり悔しいのでその投稿にいいねをつけることはなかった。
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