呪い
放課後。
赤星くんは、夏の大会前の大事な練習があるため、
僕を保健室に残してグラウンドへと向かった。
「……今日は、一人で帰ります」
篠原先生に見送られ、
僕は重い鞄を肩に掛け、人気のない旧校舎の裏手を通って
帰路につこうとしていた。
胸の中には、少しだけ自立できたような、小さな誇りがあった。
けれど。
そのわずかな希望は、
曲がり角の先で待ち受けていた冷酷な現実によって、
一瞬にして踏みにじられた。
「……やっと一人になったね、白石くん」
行く手を塞ぐように立っていたのは、高橋さんと、
彼女を取り巻く数人の女子たちだった。
「っ……」
逃げようと振り返るより早く、
背後に回り込んだ女子の一人に、ドンッと肩を強く小突かれた。
僕はバランスを崩し、旧校舎の冷たいコンクリートの壁に
背中を打ち付けた。
「痛っ……」
「ねえ、知ってる?」
高橋さんが、ゆっくりと僕の目の前に歩み寄る。
彼女の目は、以前のような優等生のそれじゃなかった。
得体の知れないバケモノを見るような、
冷たくて、底なしの嫌悪に満ちた瞳。
「赤星くん、部活のレギュラー外されそうなんだよ」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
「毎日毎日、あなたみたいな気味の悪い引きこもりの世話を焼いて。
クラスでも浮いて、五十嵐くんとも喧嘩して。
最近の赤星くん、練習でもミスばっかりで……
死にそうな顔して部活やってるの」
ドクン、と。
心臓が、嫌な音を立てた。
僕のせいだ。
僕が、彼の光を奪っている。
「違う……僕は、ただ……っ」
震える声で反論しようとした僕の鞄を、
高橋さんが乱暴に引っ張った。
中から滑り落ちたのは、
赤星くんの汚い字と、僕の字が並んだ『数学のノート』。
バサリ、と音を立ててアスファルトに落ちたそれを。
高橋さんは、一切の躊躇なく。
上履きの踵で、グシャリと踏みにじった。
「やめ……っ!」
「あなたさぁ、自分が彼にとっての『呪い』だって気付かないの?」
ノートを踏みつけたまま、
高橋さんの顔が、僕の耳元に近づく。
「可哀想なフリして、彼の優しさに縋り付いて。
彼から大事な友達も、野球も、居場所も全部奪って。
……あなたと一緒にいる赤星くんは、ちっとも笑ってない」
――お前は、この世界のエラーだ。
――生きてるだけで、周りを腐らせる。
昔言われた呪いの言葉が、
高橋さんの冷たい声と重なって、脳内にフラッシュバックする。
息が、できない。
喉の奥がヒューヒューと鳴る。
「……信じられないなら、自分の目で見てきなよ。
彼が今、あなたのせいでどんな目に遭ってるか」
高橋さんたちは、
過呼吸を起こしかけてうずくまる僕を冷たく見下ろし、
そのまま足音を立てて去っていった。
僕は、泥のついたノートを震える手で拾い集め。
ふらつく足を引きずりながら、
グラウンドの裏手にある、野球部の部室へと向かった。
見たくない。
でも、見なければいけない気がした。
部室の裏の、死角になった場所。
そこから聞こえてきたのは、
怒りに満ちた、健太くんの怒声だった。
「いい加減にしろよ、赤星!!
今日のエラーなんだよ! お前、全然ボール見えてねぇじゃんか!」
そっと壁際から覗き込むと、
そこには、泥だらけのユニフォームを着た赤星くんがいた。
目の下には濃いクマができ、頬はこけ、
太陽みたいに笑っていた彼の面影は、どこにもなかった。
「……わりぃ。少し、寝不足で」
「寝不足って……またあの白石のとこに行ってたのかよ!
お前、マジで自分を犠牲にしてまであんな奴……っ!」
「あんな奴って言うな!!」
赤星くんが、健太くんの胸ぐらを掴んだ。
でも、その手は小刻みに震えていて、
今にも泣き出しそうな、限界の顔をしていた。
「お前は、優しいよ。すげぇ立派だよ。
でもな、俺はお前が……あんな気味の悪い引きこもりのせいで
壊れていくのを見るのは、もう我慢できねぇんだよ!」
健太くんの悲痛な叫び。
それは、赤星くんを想うからこその、本物の友情だった。
赤星くんは、ギリッと奥歯を噛み締め。
胸ぐらを掴んでいた手を、力なく離した。
そして。
肉体的にも、精神的にも限界を迎えていた彼は。
自分を守ろうとする親友からの重圧に耐えきれず、
絶対に言ってはいけない、致命的な弱音を吐き捨ててしまった。
「……俺だって……っ」
掠れた、血を吐くような声。
「好きでこんな……『厄介事』、抱え込んでるわけじゃねぇよ……!!」
その瞬間。
僕の周りから、すべての音が消えた。
あぁ。
そうか。
彼は、僕を救いたかったわけじゃない。
ただ、彼の強すぎる優しさと責任感が、
僕という『厄介事』を見捨てられなかっただけなんだ。
僕が、彼の体温を欲しがったから。
あの冷たい部屋で、僕が彼に縋り付いてしまったから。
だから彼は、無理をして、自分を削って、
泥だらけになって、僕のそばにいてくれただけなんだ。
「……ごめんなさい」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
泥のついたノートから、
彼と同じ『生きてる匂い』がした。
その匂いが、今はひどく恐ろしかった。
僕というバケモノが触れたせいで、
彼の真っ直ぐな生命力が、腐り落ちてしまったような気がして。
僕は、ノートをその場に置き去りにして。
裸足で逃げ出すように、走り出した。
帰らなきゃ。
僕のいるべき、あの暗くて冷たい部屋に。
二度と、この世界に出てきてはいけなかったんだ。
もう二度と、彼に触れてはいけなかったんだ。
息継ぎの仕方は、もう忘れた。
彼が僕の名前を呼んでくれた声も、
僕の頬に触れたあの熱い指先の感触も。
全部、全部、全部。
僕のせいで彼が負った、呪いの傷痕だ。
家にたどり着いた僕は、
部屋の隅に放り投げてあったガムテープを手に取り。
赤星くんがいつも開けてくれていた、
あのすりガラスの窓の隙間を。
内側から、幾重にも、幾重にも。
二度と開かないように、完全に塞いでしまった。
「……あ」
部室の裏手。
健太に当たり散らしたあと、壁際を歩いていた俺の足元に、
見覚えのある大学ノートが落ちていた。
泥だらけになって、ぐしゃぐしゃに踏みにじられた表紙。
それは、俺の汚い数式と、
あいつの綺麗な字が並んだ、二人の数学のノートだった。
血の気が、一気に引いていく。
脳の奥で、警報が鳴り響く。
なぜ、これがここにある?
あいつは今日、保健室から真っ直ぐ帰ったはずなのに。
『好きでこんな……厄介事、抱え込んでるわけじゃねぇよ……!!』
自分の口から出た、最低の吐き捨て言葉が、
耳の奥でフラッシュバックする。
もし、あの時、あいつがここにいて。
高橋たちにこれを踏みにじられて、
その上で、俺のあの言葉を聞いていたとしたら。
「……っ!!」
俺は、健太が何か叫んでいるのを完全に無視して、
部室裏から弾かれたように走り出した。
鞄も、着替えも放り出して、
ただ狂ったように、白石の家へと向かって走った。
頼む。
嘘だと言ってくれ。
俺はあいつを救いたかったのに。
あいつに笑ってほしかったのに。
一番あいつの心を殺す言葉を、この口で言ってしまったなんて。
ザクッ、ザクッ、と。
息も絶え絶えに、白石の家の縁側に転がり込む。
「白石!!」
叫びながら、いつものすりガラスの窓に手をかけた。
けれど。
いつもなら、どんなに怯えていても俺が開ければ開いたはずの窓は。
内側から、幾重にも重なったガムテープで、
完全に、醜く塞がれていた。
「……うそ、だろ」
窓枠を掴む手が、ガタガタと震える。
あいつがどれだけの絶望の中で、
このテープを何重にも貼り付けたのか。
想像するだけで、息ができなくなるほど胸が痛んだ。
ドンッ!!
俺は、すりガラスを力任せに叩いた。
「白石!! いるんだろ! 開けてくれ!!
頼む、俺の話を聞いてくれ!!」
ドンッ!! ドンッ!!
手が赤く腫れ上がるのも構わず、何度も叩く。
でも、中からは何の物音も聞こえない。
まるで、あいつという存在そのものが、
世界から消えてしまったような、恐ろしい静寂。
「……ごめん! 違うんだ、白石!!
俺は、あいつらに言い返す言葉が見つからなくて……
ただ、逃げたかっただけで……っ!!」
言い訳だ。
最低の、クズの言い訳だ。
「お前は厄介事なんかじゃない!!
俺が……俺が弱くて、逃げただけなんだ!!
ごめん、本当にごめん……っ!!」
ガラスに額を押し当てて、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。
「お前は、同情なんかで俺が一緒にいたって……
そう思ってんのかよ!?」
静寂の向こう側にいるはずのあいつに向けて、
俺は、腹の底から声を絞り出した。
「お前が俺をダメにした? 呪い?
ふざけんなよ!!
俺はお前のために無理してたわけじゃねぇ!!
俺が、お前に会いたかったんだよ!!」
初めてあいつの手が、ノート越しに俺に触れた時のこと。
俺の顔を見て、少しだけ困ったように笑ってくれた時のこと。
あの暗い部屋で、二人だけの呼吸が重なった時のこと。
「俺は……お前に触れられた時、
頭がおかしくなるくらい、嬉しかったんだよ……!!」
俺の叫びに。
窓の向こうで、かすかに『ガタッ』と何かが動く音がした。
「友達だからとか、放っておけないからとか、
そんな綺麗なもんじゃねぇ!!」
息を吸い込む。
もう、誤魔化さない。
俺の中にある、このドロドロとした、でも絶対に譲れない
熱の正体を、全部あいつにぶつける。
「俺は……お前のことが好きなんだよ!!
男とか、引きこもりとか、周りの目とか、
そんなの全部どうでもいいくらい……
俺には、お前が必要なんだ!!」
喉が千切れそうなくらいの、大声だった。
「お前がいない世界なんて、俺には意味がねぇんだよ!
すぐ傷つく細い手首も、
全部俺が欲しいんだ!!
だから……だから、俺を置いて消えようとすんな!!」
ドンッ、と。
最後にもう一度、ガラスに手のひらを押し当てた。
「開けろ、白石。
お前の呪いも、全部俺が上塗りしてやるから……っ!!」
静まり返った縁側。
俺の荒い息遣いだけが響く中。
――ビリッ。
窓の向こう側から。
ガムテープが、ゆっくりと剥がされる音がした。
ビリッ。
ベリベリッ、と。
薄暗い部屋の向こう側から、
不格好にガムテープが剥がされる音が続く。
その一つ一つの音が、
俺の心臓を鷲掴みにして、激しく揺さぶった。
やがて、テープの粘着音が止み。
カチャリと鍵が外される小さな音が響く。
スッ……。
固く閉ざされていたすりガラスの窓が、
ゆっくりと、震える手によって開け放たれた。
「……白石」
窓の奥、薄暗い部屋の中に座り込んでいたのは。
髪を振り乱し、目を真っ赤に腫らして、
ボロボロと涙をこぼし続けている、あいつだった。
その手には、剥がしきれなかったガムテープの残骸が
くしゃくしゃに握りしめられていて。
自分で引っ掻いたのか、細い腕には新しい赤い筋が何本も走っていた。
「……こないで」
ヒューヒューと浅い呼吸を繰り返しながら、
白石が、掠れた声で拒絶の言葉を口にする。
「こないでよ……っ。
僕と一緒にいたら、赤星くんまで、ダメになる……。
みんなが言ってた通りだ……僕は、ただの呪いなんだよ……っ!」
あいつは両手で顔を覆い、
子供のように声を上げて泣きじゃくった。
俺の存在が、俺の言葉が、
あいつにどれほどの地獄を見せてしまったのか。
痛いほどに伝わってくる。
「……馬鹿野郎」
俺は、窓枠に手をかけ、
土足のまま、あいつのいる薄暗い部屋へと踏み込んだ。
「あかほし、くん……だめ、触らな……っ」
後ずさろうとする白石の体を、
俺は逃がさないように、力いっぱい両腕で抱き寄せた。
ドンッ、と二人の体がぶつかり合う。
「……っ!」
「俺はお前がいないとダメなんだよ!!」
腕の中で暴れようとする細い体を、
骨が軋むくらい、強く、強く抱きしめる。
俺の泥だらけのユニフォームが、汗の匂いが、
あいつの冷たい部屋の空気を塗り潰していく。
「誰がなんと言おうと、俺はお前がいい。
お前のせいで部活がどうなろうと、周りからどう思われようと、
んなもん知ったこっちゃねぇんだよ!!」
白石の肩に顔を埋め、
俺はあいつの耳元で、祈るように囁いた。
「呪いでもいい。厄介事でもいい。
俺の人生、全部お前に狂わされたっていい。
……だから、頼むから。俺から離れようとすんな」
俺の勝手で、わがままで、重すぎる感情。
同情なんていう薄っぺらいものじゃない、
あいつを丸ごと飲み込んでしまいたいという、エゴの塊。
その熱が伝わったのか。
俺の腕の中でこわばっていた白石の体が、
ゆっくりと、ゆっくりと力を失っていった。
「……ほんとうに?」
俺の胸に顔を押し当てたまま、
白石が、震える声で尋ねる。
「僕、男だよ……?
気味が悪くて、すぐ泣いて、外にも出られない……
そんな僕で、本当に、いいの……?」
「お前じゃなきゃ、嫌だ」
俺は少しだけ体を離し、
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった白石の顔を、
両手でそっと包み込んだ。
親指で、その震える目尻の涙を拭う。
触れた肌は冷たかったけれど、
その奥にある確かな脈打ちが、俺の指先に伝わってくる。
「俺は、白石涼が好きだ。
……触りたい。守りたい。ずっと一緒にいたい。
それの何が悪いんだよ」
真っ直ぐに見つめ返すと、
白石の大きな瞳から、またポロポロと新しい涙がこぼれ落ちた。
けれど、それはもう、
絶望や恐怖の涙ではなかった。
「……赤星、くん……っ」
白石の細い両腕が、
恐る恐る、俺の背中に回される。
そして、すがりつくように、俺のユニフォームをギュッと握りしめた。
「……僕も、君が、好き……っ。
君のそばに、いたい……っ!!」
堰を切ったように泣きじゃくる白石を、
俺はもう一度、今度は壊れないように優しく抱きしめた。
窓から差し込む夕暮れの光が、
散らかった暗い部屋を、少しだけオレンジ色に染めている。
「……白石」
名前を呼んで、少しだけ顔を傾ける。
白石はビクッと肩を揺らしたけれど、
逃げることなく、ただ静かに瞳を閉じた。
長く伏せられたまつ毛が、微かに震えている。
重なり合う、不器用な唇。
涙のしょっぱい味と、微かな熱。
それは、ただ触れ合うだけの、
ほんの一瞬のキスだったけれど。
俺たちが引いていた『友達』という見えない境界線を、
完全に、そして永遠に踏み越えた瞬間だった。
唇を離すと、
白石は顔を真っ赤にして、
恥ずかしそうに俺の胸の中に顔を隠してしまった。
その背中をゆっくりと撫でながら、
俺は、もう二度とこの手を離さないと、心に誓った。
外の世界がどれだけ正しくて、残酷でも。
俺はこの手で、こいつの全部を守り抜く。
ガムテープの残骸が散らばる部屋の中で、
俺たちはただ静かに、
お互いの体温だけを頼りに、一つになっていた。
唇を離しても、白石は僕の胸から顔を上げようとせず、まるで心臓の音を確かめるように、きつくユニフォームを握りしめたままだった。
その指先が、僕の体温を求めて必死に彷徨っているのが分かる。
「……赤星くん」
くぐもった声で、僕の名前を呼ぶ。
「……なに?」
「……心臓、すごい音、してる」
恥ずかしそうに呟かれて、僕は思わず笑ってしまった。
僕だって、きっと同じだ。
この狭い部屋で、彼と僕の心臓が共鳴し合って、世界が少しずつ熱を帯びていく感覚。
僕は一度彼を抱きしめたまま、背中のドアを閉め切った。
まだ外の音は遠くにあるけれど、ここには僕たちの体温しかない。
「ねえ、白石」
僕は彼の髪を指先で優しくすくい上げ、耳元に顔を寄せる。
「今日、学校には行けなかったし、明日だってどうなるか分からない。健太たちとのことも、まだ終わってない。……全部、解決したわけじゃないんだ」
白石が、僕の胸の中で小さく頷くのを感じる。
彼は、何もかも分かっている。それでも、こうして今、僕の腕の中にいる。
「だからさ……逃げようぜ」
僕は彼を少しだけ離し、涙で濡れたその顔を真っ直ぐに見つめた。
「教室なんて場所、いつかまたどうにでもなる。健太だって、莉子だって、あいつらの抱えてる『普通』なんて、俺たちのこの熱には勝てない。……だから、二人で少しだけ、遠くまで行かないか?」
「遠く……?」
「ああ。誰も俺たちを知らない場所へ。
……まあ、今はすぐにってわけにはいかないけどさ。
俺が野球も、学校も、全部終わらせて、お前を連れ出す」
白石の瞳が、驚きで見開かれる。
彼は、自分のことしか見えていなかったはずの僕が、
そんな「未来」を口にしたことに、息を呑んだようだ。
「……ずっと、そばにいてくれるの?」
「当たり前だろ」
僕は彼の鼻先に、もう一度だけ軽く触れた。
「一生かけて、このガムテープの跡も、傷痕も、全部俺が塗り潰してやるから」
白石は、その言葉を聞いて、ようやく安心したように、ふわりと花が咲くような笑顔を見せた。
さっきまでの絶望していた顔が嘘のように、その微笑みはあまりにも脆く、そして美しかった。
僕らは窓の外を見た。
もう太陽は沈みかけ、街は深い紫色の帳に覆われようとしている。
けれど、この部屋の中だけは、お互いの熱気で息苦しいほどに満たされていた。
その時、僕のポケットの中でスマートフォンが震えた。
画面を見ると、『武田先生』からの着信だった。
「……先生だ」
「……でるの?」
白石が不安げに僕を見上げる。
僕は一度だけ深呼吸をして、画面をスワイプした。
「……はい、赤星です」
電話越しに、先生が小さくため息をつくのが聞こえた。
「赤星……お前、白石の家にいるのか」
「……はい」
「そうか。……なら、話は早い。
お前が教室を飛び出したあと、健太も莉子も、
俺の元に泣きついてきたぞ。
二人とも、自分が何をしてしまったか、今ようやく気づき始めてる」
先生の声は、静かだった。
「お前たちが今日、命を削ってぶつかり合った結果だ。
……もう、逃げる必要はない。
明日からは、ゆっくりと、確実に、教室を作り直そう」
僕は黙って、胸の中にいる白石の温もりを確かめた。
「……先生。俺は、教室を直すためにあいつを抱きしめてるわけじゃありません」
「分かってる。……お前たちは、もう大人よりずっと大人だ」
先生との通話を終えると、白石が不安そうに僕を見つめている。
「……なにを、話してたの?」
「……明日から、僕たちの新しい始まりになるってこと」
僕はもう一度、彼の唇に自分の唇を重ねた。
外の世界のノイズは、もう僕たちの境界線を揺らすことはできない。
この日から、僕と赤星くんの「名前のない関係」は、
誰にも侵されない、確かな「愛」という名前の物語へと変わっていった。
呪い(まじない)




