6.お子様王子と不安
私の手を掴んだガブリエル様は、目を細めて笑う。見るだけで心のこもった笑みでないことが明らかだ。瞳の奥にどろどろとした感情がにじみ出ている。
「あなたは王妃になりたいですか?」
いきなり地雷原に足を突っ込むとは思わなくて、目をぱちぱちしてしまう。その時ちょうど音楽が始まって、ステップを踏んだ。
「僕たちトランプカードは孤独です。でもあなたのように可愛らしい方と一緒ならきっと素晴らしい国を作れる」
はあ? と口から出そうになった。こいつ、私狙いなの? キャトリーはどうした。キャトリーは公爵家の跡継ぎだから、王位を狙うなら自由な私と結婚したいということだろうか。でも失敗した時のために公爵家の婿という肩書はあった方がいいはず。自分以外の王位継承者が全滅すれば、公爵家の婿から繰り上がりで王となることも可能なのだから。
……まあどちらにしても、ガブリエル様は勘違いをしているのだけど。実はこの国には正式なトランプカードしか知らない国家機密がある。王位継承の優先順位は、正式なトランプカードが優先される。つまりトランプカードの血を引いているだけの只人であるガブリエル様は、正式なトランプカードを全員殺さないと王にはなれない。
正式なトランプカードは魔女に特殊な魔法的処置を施されて生まれてきた者だけだ。魔女と契約して血が薄まらないようにしているなんて、他国や国民にばれたら倫理的に大問題だ。だからこのことは重大な国家機密になっている。
ガブリエル様は、自分はトランプカードの名を冠する優秀な王子だと信じている。しかし王位継承順位が侯爵家の者よりも下だということは知らない。王は先妻が男児一人しか生まずに亡くなったから、民の不安を解消するために仕方なく再婚しただけ。野心ある新しい花嫁の子をトランプカードにしなかったのは、信用していなかったからだろう。
「ええ、私は王となられるトリスタン様の妻になりたいですわ。二人で共に素晴らしい国にいたしますわね」
ガブリエル様の口の端が引きつるのがわかった。私は無邪気な笑みで淡々とステップを踏む。先程のような高揚感は全くない。
ガブリエル様はその後必死にトリスタン様の良くないところをあげつらっていたけれど、それらは私には賛辞の言葉に聞こえた。恋をすると欠点すら可愛いと思えるのだから不思議よね。
ダンスが終わると、ガブリエル様に強く手を握られた。
「あの冷血男は、あなたに相応しくありません」
最後にそう言い残し、ガブリエル様は去ってゆく。まだ十三歳だからか、やり口がお子様だ。退屈な時間だったわ。
「ミニカ! 次俺な」
軽い調子で私の手をとったのは、エース家の双子の兄、アレットだ。見た目はそっくりな双子なのに兄は知性派、弟のカレットは武闘派という変わった双子だ。
「トリスタン様と踊るのは楽しかったか?」
双子は恐らく私の気持ちに気がついている。最高だったと返すと、歯を見せて笑った。灰色の長い髪に薄茶の目、冷たい印象を与える容姿だけど誰にでもフレンドリーで、よく喋りよく笑う。ただ、怒らせると地獄を見る。双子はどちらもそういう人だ。
「それよりもガブリエル様よ。野放しにしておいていいの? 陛下は何を考えているのよ」
「ああ、ガブリエル様は優秀な掃除用具だ。そろそろ城も掃除が必要だろ?」
耳元で囁かれた言葉は不穏でしかない。そんなことを簡単に言ってのけるのが恐ろしい。私は口を出さない方がよさそうだ。
双子は面白いことに目がないのだ。昔から彼らの楽しみの邪魔をすると怒り狂う。しかも彼らの趣味は人間観察。そして面白そうな人間を言葉巧みにコントロールしておもちゃにするのが大好きな問題児だ。トリスタン様とは別の意味で心がない。
ちなみにトランプカードの面々に関しては仲間だと思っているようで、軽くからかうくらいしかしてこない。敵じゃなくて本当に良かったと思う。
「……現状を、あなたは把握しているのよね」
「俺を誰だと思ってる?」
アレットの瞳が怪しく光るのを見た。やはりこの試験で、何かが起こるのだろう。台本を知らないまま舞台に立たされる予感がする。俄芝居は苦手ではない。ハート家では役者も育成している。でも事前に少しくらい教えてくれてもいいじゃないか。
「無茶ぶりはよしてちょうだいね」
ため息をつきながら言うと、アレットは声をあげて笑い、私をくるくると何度も回した。やはり面白がっている。
弟のカレットとも踊って、後は見ているだけになった。キャトリーの元へ行くと、先ほどの会話を報告する。
「おやおや、私を散々甘い言葉で口説いておいて、ミニカにまで言い寄ったのか。作戦を変更しなければならない理由があったのか……」
「さあ、双子いわく問題はないらしいけれど、警戒した方がいいかもしれないわ」
キャトリーは首をかしげて考え込んでいる。ガブリエル様と踊った時の様子はいつもと同じだったようだ。なら私にも唾をつけておこうという思いだったのか、最悪二人とも妻にする気なのかもしれない。
ガブリエル様の成績は全てにおいてトリスタン様に劣っている。だがただ一つだけ優っているものがあった。それは愛嬌だ。ガブリエル様は自分の容姿に絶対の自信を持ったナルシストであり、女の子はみんな自分になびいて当然だと思っている節がある。
自分よりはるかに優れたトリスタン様を妬んで対抗しようとするため、一部の女性はガブリエル様にわざとトリスタン様の話をする。ガブリエル様がトリスタン様に懸想する女に積極的に近づいて、自分に振り向かせようとすることをわかっているのだ。
そこまでしてガブリエル様の気をひきたい女性の気持ちはわからないけど、そんなところも可愛いと誰かが言っていた。
「何事もなければいいのだけど……」
私の呟きは、キャトリーに黙殺された。トリスタン様の花嫁になるための試験に集中したいのに。私は深いため息をついて、ガブリエル様を睨んだ。




