5.ダンスは最高難易度で
この試験の午前中は、勉強兼試験だ。参加者全員が一所に集まり、教えをうけながら能力を試される。当然トリスタン様とガブリエル様が見ている前でだ。
午後は自由時間で何をしてもいい。だからか、伯爵令嬢たちからの招待状が届いた。社交の場を設けて、お茶会をしながらの探り合いをするつもりだろう。参加者が多いと箔もつくし、もしも自分の催しに公爵家や侯爵家の姫が来たら、自分は高位貴族に認められたのだとうそぶくこともできる。
「招待はすべて断って、下級貴族の子を集めたお茶会をするべきね」
下級貴族の子らは、自分が選ばれることをあきらめて次期王妃に媚びを売ろうと考えているものが多い。その子らのための集まりを一度は設けなくてはならない。私は筆頭候補者と目されているからだ。
私が選ばれると信じて協力してくれる子たちは大切にしないと。
この試験には侍女を連れて来られない。何かあったら城の侍女に頼むのがルールだ。過去に全ての筆記課題を侍女にやらせた候補者がいたためにそうなった。
私は城の侍女頼むのは洗濯くらいだ。身支度は自分でできる。いつも侍女に任せている子は大変だろうなと、他人事のように思った。
今日は挨拶もかねてダンスの試験だ。ストラップのついたハイヒールに、ひざ丈の白いドレス。肩口を少しこえた髪は緩く巻いた後にほぐして、無造作に。メイクは薄く素材を生かして。いつもの自分を作りあげて、深呼吸する。
そうしたところで扉を叩く音がした。たぶんキャトリーが迎えに来てくれたのだと思う。すぐに扉を開けると、やっぱりキャトリーとロットだった。
「おはよう。今日も可愛いね」
いきなりナンパ男のような挨拶をしたキャトリーは、今日はオレンジのマーメイドドレスだ。踊るにはあまり適さない格好だけど、よく似合っている。ロットも似たような黄色のドレスだ。濃い茶の髪のキャトリーと薄茶の髪のロットが、オレンジと黄色のドレスを着ている。まるで姉妹みたいだなと思った。
「私は毎日可愛いわ。今日はトリスタン様と踊れるのだから、よけいに」
冗談交じりに言うと、そうだったねと軽く返してくれる。この距離感が心地いい。三人で音楽ホールへ向かうと、今日も魔女の浮遊島のせいでホールは薄暗かった。
「浮遊島の下にライトをつけてほしいと思わないか?」
「魔女と交渉しないと」
そんな軽口を叩きつつ、演奏の支度をしている楽団に声をかける。この子たちはみんなハート家が育てた。最近の演奏家は魔女の録音機に出番を奪われつつあるけれど、王家専属の楽団である彼らには関係ない。録音よりも生の演奏の方がずっと価値があるため、権威を示すのに有効なのだ。
それにキャトリーが、演奏家や歌手の仕事が無くならないように事前にハート家に相談してくれたから、彼らはいきなり職を失うことにはならなかった。感謝してもしきれない。
指揮者である団長と雑談して、参加者全員が集まるのを待った。今日は全員がトリスタン様とガブリエル様と踊ることになる。公式行事で何度か踊ったことはあるけれど、毎回緊張してうまく喋れない。
まずは昨日の非礼を詫びて、トリスタン様の服装を褒めて……と頭の中で会話をシュミレートする。
やがて扉の近くからざわめきが引いて、私は振り返った。トリスタン様が視界に入ると、慌てて礼をする。賑やかだった会場が静まり返って、靴音だけが響いた。
「面を上げよ」
その声に顔を上げると、今日も凛々しいトリスタン様がいた。
「あら、城内なのに珍しい……」
トリスタン様の後ろには、本物より一回り大きいオオカミとクマがいる。彼らはかつて殺戮兵器として研究されていた個体の末裔だ。知性化実験により知能が高く、身体能力も向上されている。研究施設が崩壊した今はほとんどの個体が魔女の浮遊島で生活しているけれど、オオカミとクマは先祖が交わした盟約で、一匹ずつ王族の護衛として城に住んでいる。
二匹がホールの隅でくつろぐ体勢になると、トリスタン様がこちらにゆっくりと歩いてくる。視界の隅で講師の方々がバインダー片手にメモを取っているのが見えた。とうとう試験が始まるのだ。
男性がトリスタン様とガブリエル様とエース家の双子しかいないので、参加者全員が四回踊ることになる。双子が参加しているのはトリスタン様の側近として、次期王妃になる者を見極めるためか。
女性が踊るのは男性一人当たりニ、三分だけだけど、男性は一体何回踊ることになるのか。一時間以上は踊りっぱなしになるのではないかと思われる。……彼らの体力なら問題ないか。
身分的にも私が一番最初にトリスタン様と踊ることになる。私の目の前で立ち止まったトリスタン様が差し出す手を、緊張しながら取った。ホールの中央まで共に歩くと、音楽が始まる。流れた音楽は最高難易度だ。
他の三組はみんな侯爵家以上。すなわちトランプカードだから問題なく踊れるだろう。
トリスタン様の顔を見ると、その瞳に吸い寄せられそうだ。思わず頬が熱くなる。
「あの、トリスタン様。昨日は申し訳ありませんでした」
曲の難易度が高かろうが、話しながら踊るのは簡単だ。ダンスも芸術のうちなので、幼い頃から鍛えられている。トリスタン様も危なげなくステップを踏んでいる。
「謝罪されるようなことがあったか?」
やっぱりあの時の出来事はトリスタン様にとって何の意味もないことなのだろう。私だけ心揺さぶられたのが馬鹿みたいだ。
「みっともないところをお見せしました」
視線をそらし小さく呟くと、トリスタン様は少し首をかしげた。そのまま無感情に私を見つめると、突然ステップを変える。最高難易度の曲に高速なステップをくわえたアレンジ、即座に合わせられたのは奇跡に近い。脊髄反射で踊れるくらい鍛えていて良かった。
腰を掴んで持ち上げられて、悲鳴が出そうになったけれどなんとか耐える。頬が赤く染まっていたらどうしよう。運動したせいだとごまかせるかしら。
「これほどの技量。歌も踊りもあなたよりできる者などいないだろう」
昨日衝動的に踊ったもののことを言っているのだろう。妖精姫にあるまじき陰鬱な歌だったが、ほめてくれている。それだけで、私の心は満たされる。
「ありがとうございます」
それからは、互いに無言で踊っていた。ステップの難易度は、さらに上がる。どこまでついてこられるか試されているようで、気が抜けない。
見つめ合いながら踊る時間は、まるで砂糖菓子の夢をみているようなここちだ。この時間が永遠に続いてほしいとすら思ってしまう。
あっと言う間に最後まで踊りきると、歓声と拍手が鳴り響く。でもそんなことも気にならないくらい、離れがたいと思っていた。
「なるほど、妖精か」
トリスタン様の呟きに、鼓動が跳ねる。昨日見た絵本を思い出した。王子様が助けた妖精のおかげで、国が繫栄する。私はトリスタン様にとってそんな存在になりたい。
胸を焦がす私の想いを救ってくださったなら、どんなことだってしてみせる。私をあなたの妖精にしてほしい。
素敵な時間は、すぐに終わる。本当に一瞬のように感じられた。名残惜しさを殺して手を離すと、パートナーが変更になる。
先程までキャトリーと踊っていたガブリエル様に手をとられ、夢の時間を台無しにされた。このままこの邪魔者の足を踏んで逃げられたら、どれほどいいだろう。




