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お菓子を食べたら子豚になった  作者: はにか えむ


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3.一瞬の邂逅

 ホールを後にしてあてがわれた部屋へ戻ると、まだ荷物の整理ができていなかった。これもトリスタン様が話を短くまとめられたからだろう。無駄を好まないところが素敵だと思う。


「ミニカお嬢様、申し訳ありません」


 侍女が深く頭を下げるのを止めて、私は散歩をすることにした。侍女たちも私がいる所で荷解きするのは緊張するだろうし、浮遊島のせいで日差しもないからちょうどいい。城には公式行事で何度も来ているから、迷うこともないだろう。


「バラ園に行ってくるわ。ゆっくり片付けてちょうだい」


 薄暗がりのバラ園もきっと美しいだろう。魔女が作った青のバラ園は、王家と公爵家の人間しか入れない特別な場所だ。魔女にしか作れない青いバラで埋め尽くされたその庭園は、私にはひどい皮肉に見える。魔女はどんな考えでこの庭を作ったのか、聞いてみたいような聞きたくないような……。そんな複雑な気持ちになる。

 それでもその感情は、創作の糧になる。新曲の歌詞でも考えよう。この感情の揺らぎこそが、芸術を芸術たらしめるのだから。

 魔女の作った庭園は、その入り口も特殊だ。台座に置かれた透明な板に手を置くと、板が光り輝いた。魔女いわくこれで血管の位置を読み取り、人を判別しているのだそうだ。どんな変装の名人でも血管の位置を変える事なんてできないから、理にかなっている。

 エース侯爵夫人に聞いたことだけど、エース家の双子はこの機械に大興奮していたようだ。親でもたまに間違えるくらいそっくりだから、いとも簡単に看破されるのが面白かったのだろう。

 トリスタン様の側近の、あの賑やかすぎる二人を思い出してクスリと笑う。黙して語らずのトリスタン様の欠点を補うようによく喋る双子のことを、私は好ましく思っている。いつか共にトリスタン様を支えていけたらいい。


 ごちゃごちゃと色々な品種のバラが植えられているけれど、色は全て水色から紫の間。そんな現実味のない庭をゆっくりと歩く。光の差さない今日は、いつもより少し不気味に感じられた。景色のアオさも相まって、まるで深海に沈んでいくかのような気分になる。

 即興で口ずさんだ歌は、溺れる女の歌だ。四肢に絡みつく水に怯えながら、ただ助けてと繰り返す女の歌。あの人の手が、この手を掴んでくれるのを期待して、報われずに死ぬ。そんな歌。

 恋歌の天才と言われる私でも、こんな陰鬱な歌は披露しない。私は麗しの妖精姫。歌うのは可愛らしい恋の歌。でも本当は、私の心は、この歌のようにひどく醜いのだと知っている。


 手を大きく広げてくるくると踊りながら、私は夢中になって歌う。即興のようでいて周到な言葉を紡ぎながら。それを誰かに見られているなんて、考えもせずに。

 

「似合わないな……」


 突然聞えた声に、心臓が跳ねた。反射的に振り返ると、トリスタン様がカウチにもたれ掛かってこちらを見ていた。休んでいたのか上着を脱いでシャツを着崩している。

 一番まずい姿をトリスタン様に見られてしまった。私はすぐに腰を折り、謝罪しようとする。


「礼も謝罪も必要ない。ここは同胞のみの憩いの場だ」


 謝るという選択肢さえ奪われた私は硬直した。逃げ道を封鎖された気分だ。トリスタン様はそのままの姿勢でこちらを見つめている。視線の強さに言葉が出てこない。


「あなたにこの庭は似合わない。ミニカ・ハート」


 言われた言葉を、やっとの思いで理解した。まるで四大公爵家の面汚しだと言われたようで、胸が痛んだ。必死に返す言葉を探していると、トリスタン様は淡々と言った。


「あなたは、私の妃になりたいか?」


 思わずトリスタン様の目を見ると、その黒い瞳に光はなかった。単に確認しているだけ。本当に、それだけ。

 心の一番柔らかい場所を、無遠慮に爪でひっかかれた。そんな絶望感に苛まれながら、私は叫んだ。


「はい!」


 トリスタン様を見つめる目には、涙が溜まっていたと思う。さらに言葉を重ねようと口を開くと、またもや先手をうたれてしまう。


「わかった」


 それだけ言ってトリスタン様は去ってゆく。用事はすんだと言わんばかりの冷たい対応に、涙があふれて頬を伝った。いっそ光をさえぎっているのが、雨雲だったらよかったのに。光を覆い隠すのは、冷たい魔女の浮遊島。それは恵みの雨などもたらしはしない。それがいつだって憎くて、憎くて、たまらないのだ。


 少しだけ泣いて気分が落ち着くと、トリスタン様の座っていたカウチに近づく。側にあったテーブルには、なぜか絵本が置いてあった。


「懐かしい……」


 その物語は、この国ができる前から存在している。悪い人間によって小瓶の中に閉じ込められてしまった妖精を、王子様が助けてくれるというお話だ。助けた妖精のおかげで国が豊かになって、ハッピーエンド。

 これは恋愛ものではない。ただ心温まる物語として伝えられているそれは、この土地に元々あった妖精信仰を流布するためのもの。妖精は魔女にしか見えないけれど、見えないだけで確かにそこにいるのだと伝えるための物語。


「せめてこの妖精みたいになりたいな」


 せめて妖精のように国に必要な人物になれば、トリスタン様は大切にしてくれるだろう。

 私は本をトリスタン様に返しに行く気になれなくて、そこに置いたまま部屋に戻った。

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