2.トランプカードの名を冠する者
トリスタン様は淡々と語った。今日はいつもの演説より声に抑揚がない。普段は帝王学で習うスピーチの模範解答のように隙のない喋りなのにもかかわらずだ。
それはきっと、これが将来の伴侶を決めるための催しだからだろう。取り繕う必要がないと判断したのだ。この何の感情も見いだせない話し方が、トリスタン様の素なのだと思うと愛おしい。
「本日より三か月、候補者には城で暮らしてもらう。適性がないと判断された者は、途中離脱もあり得る。最終判断は私がするが、城には無数の目があることを忘れるな。試験と言ったが、自由時間は多い。それをどう使うかは自由だ。また、参加者には予算が割り当てられる。それも自由に使ってかまわない」
ずいぶんと優しく説明してくださるのだな、と思った。注意事項を伝えすぎない方が、その者の本質がわかるだろうに。これはトリスタン様の優しさなのか、はたまた罠なのかわからない。耳の良いハート家の私も、トリスタン様の声から感情を推測するのは難しい。それほどに、トリスタン様の声は平坦だ。
いつかこの声に感情の色がにじむことを、それが私だけに向けられることを、願っている。
「あ、兄さん。僕からもいい? 今日は突然呼び出してごめんね。知っての通り、僕の将来のお嫁さんも一緒に探すことになったから! みんなよろしくね!」
トリスタン様の話が一段落したとき、一歩後ろにいたガブリエル様が前に出てきた。思わず舌打ちをしたくなる。
ガブリエル様はトリスタン様の異母弟。現王妃の子だ。トリスタン様の母である前王妃は、出産後にすぐに亡くなった。彼女はトランプカードの名を冠する家の生まれだけれど、後妻である現王妃はただの貴族家の出だ。
それなのに野心だけは一人前で、ガブリエル様もトリスタン様を敵視しているように思う。もちろん表向きは関係良好のように見せているけれど、ハートの家の私は声色や表情の変化を読み取るのが得意だ。
トリスタン様が許容しているようだから私も何もしない。でもいざとなったら殺すことも辞さない。四大公爵家からも反対意見は出ないだろう。ガブリエル様は王子であるから大切にされていると思っているようだけど、それは大きな勘違いだ。小物だから放っておかれてるだけだと、いつになったら気がつくのか。
トリスタン様と同じ黒髪をかき上げ、満面の笑みをうかべるガブリエル様を見て、頬を染めている令嬢も多い。大人しく下級貴族に婿入りしてくれれば楽なのに、王妃と共にダイヤ公爵家の跡取りであるキャトリーを狙っているから質が悪い。王もトリスタン様もそのことに関して何も言わないから、面倒だが適当に相手をしてやっているのだと、キャトリーがぼやいていた。
「トリスタン様が見えないじゃない」
怒りに任せて口の中で小さく呟くと、隣にいたキャトリーが噴き出した。声量を間違えたわね。
「まるで自分が主役であるかのような振る舞いだな」
手に持っていた扇を開き、口元を隠しながら私に耳打ちする。根っからの商売人であるキャトリーは、言い寄ってくるガブリエル様に好意を持っているようなふりをして、巧みに金を使わせている。
私に体を寄せておしゃべりしているキャトリーに気づいたガブリエル様は、ほくそ笑んでいるように見える。彼はきっと、キャトリーが彼を褒めたたえていると思っているのだろう。
トリスタン様とは別の意味で、かわいそうな人。
「もうよかろう。この場は解散とする」
結局トリスタン様が、長々演説をするガブリエル様を止めた。迷いなく颯爽とホールを出ていくトリスタン様の後ろを、女性たちに手を振りながらゆっくりと歩くガブリエル様にあくびが出そうだ。
「キャトリー様!」
王子たちが完全に見えなくなると、長い薄茶の髪をポニーテールにした子が駆けてくる。彼女はロット・クイーン。ダイヤ家に代々仕えるクイーン侯爵家の次女で、キャトリーの腹心、子犬のような愛嬌がある。
「まあ、ミニカ様もごきげんよう。商品の宣伝をして回っていたので、ご挨拶が遅くなって申し訳ございません」
一見すると可愛らしいけれど、クイーン家だってトランプカードの名を冠する家だ。その能力は常人の比ではない。甘く見ていると痛い目にあう。キャトリーと同様、彼女と話すとあっという間に財布が空になると笑う客も多い。
「ごきげんよう。ロットはいつも忙しそうね」
「キャトリー様ってば人使いが荒いのですわ」
おどけて言うロットの頭を、キャトリーが扇子でつつく。
「私は命じたつもりはないよ。ロットはいつも自分で仕事を増やしているじゃないか。商魂たくましいものだ」
「うふふ、キャトリー様に似ましたのよ」
二人はいつも楽しそうだ。ハート家には腹心の家はない。侯爵家はエース、キング、クイーン、ジャックの四家。それぞれ王家、クラブ、ダイヤ、スペードに仕えている。他にトランプカードの名を冠する家はないためハートだけが腹心がいない状態だ。でも家業が芸術全般なので、補佐する家がなくとも回せている。
キャトリーとロットの関係が少し羨ましかった。トリスタン様に仕えるエース家の双子も他の家も、みんな仲がいい。そんな幼馴染が欲しいと思ったことは何度もある。しかし父は言った。「孤独と向き合うことも芸術には必要だ」
子供の頃の私はその言葉を受け止めたけど、今思えば適当にお茶を濁しただけである。
トランプカードの名を与えられた私たちは、孤独だ。普通の子とは話が合わないし、どうしてみんなこんなに馬鹿なのだろうと思う。いっそ魔法が使えたら、魔女たちの仲間になれただろうか。いや魔女も私たちに同情するだけで、受け入れたりはしないだろう。私たちは、魔女の最大の汚点でもあるのだから。
ふと去来した孤独感と絶望感を、首を振って追い出す。被害者であるはずの私たちが、どうして負い目を感じなければならないのか。
上を見上げると、魔女の浮遊島が太陽を覆い隠していた。それがどうしようもなく腹立たしい。手を伸ばしても届かないところに、魔女はいる。
「魔法が使えたらいいのに……」
小さな呟きは、今度はキャトリーに届かなかった。




