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Fランクのわたしに生まれた、白いジュエモン・ミュオパル  作者: ワシワシ三月ふゆ
おまけ 宝石ケース

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8/9

おまけ 見るだけの宝石ケース屋さん

おまけです


 その日の放課後、理央はいつもの商店街を、ひとりで歩いていた。

 ひとり、といっても、本当にひとりではない。

 ポケットの中には、紺色の布に包まれたオパールがある。その中では、ミュオパルが小さくころんと丸まっていた。

「理央、どこへ行くですみゅ?」

 ポケットの中から、もそもそした声がした。

「ちょっと見るだけ」

「何を見るですみゅ?」

「宝石ケース」

「みゅ?」

 ミュオパルが、ぽこんとポケットから顔を出した。夕方の商店街の光を受けて、耳の内側が青や緑にきらっと光る。

「宝石ケースって、オパールのおうちですみゅ?」

「おうちっていうか……持ち歩くケース」

「ミュオパルの?」

「うん。まあ、見るだけだけど」

 理央は、少し早口で言った。

 お母さんとは、まだ行っていない。今度のお休みに見に行こうか、と言ってくれたけれど、仕事が忙しそうだったし、理央も「絶対に行きたい」と言うのは少し照れくさかった。

 それに、今日は買うつもりはない。

 ただ、どんなものがあるのか、少しだけ見てみたかった。

 Fランクの濁ったオパール。価値なしと言われた石。でも、その中からミュオパルが生まれた。

 だったら、袋に入れっぱなしではなく、ちゃんとした居場所を考えてあげたい。

 そう思ったのだ。

 商店街の奥に、小さな宝石店がある。高そうな指輪やネックレスが並んでいる店で、理央は今まであまり近づいたことがなかった。

 でも、今日は入り口の横に、子ども用のスタージュエルケース売り場が出ていた。

 小さな看板には、こう書いてある。


『十二歳のスタージュエルに。はじめてのジュエルケース』


 理央は、その文字の前で足を止めた。

「……見るだけ」

「みゅ?」

「見るだけだからね」

「理央、誰に言ってるですみゅ?」

「自分に」

 理央は小さく答えて、店の中へ入った。

 店内は、思ったより明るかった。白い棚に、いろいろなケースが並んでいる。

 六角形の透明なケース。

 花の透かし模様が入った丸いケース。

 月の飾りがついた小さな箱。

 ブローチ型。

 ネックレス型。

 腕輪型。

 お守り袋みたいな布ケース。

 小さな宝石箱。

 どれも、星の光を少しずつ閉じこめたみたいに、きらきらしていた。

 理央は、思わず息をのんだ。

「……すごい」

「みゅう……!」

 ミュオパルも、ポケットの中から身を乗り出す。

「きらきらですみゅ! いっぱい、おうちがありますみゅ!」

「おうちって言うんだ」

「だって、オパールが入るですみゅ。なら、おうちですみゅ」

 理央は、少し笑った。

 最初に目に入ったのは、六角形の透明なネックレスケースだった。金色の細いふちがついていて、真ん中が透明になっている。中に入れた宝石がよく見える形だ。

 理央は、棚の前でじっと見つめた。

「これ、きれい」

 ミュオパルが、ぱっと耳を立てる。

「この六角形、オパールがよく見えますみゅ」

「そうだね」

 透明な面の向こうに、自分のオパールを入れたところを想像する。白く濁った石の奥で、青や緑の光がころんと動く。それを胸元にかけて、そっと手で押さえる。

 少し、いいかもしれない。

 でも、値札を見た理央は、すぐに目をそらした。

「……高い」

「みゅ?」

「うん。見るだけ」

 次に見たのは、花と月の透かしが入った小さな宝石箱だった。

 手のひらに乗るくらいの大きさで、ふたには半月と小さな花が彫られている。中には、ふわふわした白いクッションが敷いてあった。

 ミュオパルが、オパールの中から半分出てきた。

「みゅ! これは寝心地がよさそうですみゅ!」

「寝るの?」

「ミュオパル、オパールの中で寝ますみゅ。でも、ふかふかも気になりますみゅ」

「ふかふか好きなんだ」

「みゅ。ふかふかは正義ですみゅ」

 理央は、思わず笑った。

 その宝石箱の横には、もっと派手なケースもあった。ピンクの石が周りにたくさんついていて、ふたには大きな星の飾りがついている。

 ミュオパルはそれをじっと見て、少しだけ耳を下げた。

「これはちょっと、きらきらしすぎて照れますみゅ」

「照れるんだ」

「ミュオパル、そんなに主張しないタイプですみゅ」

「さっき、みゅーって怒ってたのに?」

「それはそれですみゅ!」

 ミュオパルがぷくっとふくれた。理央は、また笑った。

 ブローチ型のケースもあった。制服やバッグにつけられるようになっていて、花びらみたいな金具で石を包む形だ。

 腕輪型のケースは、少し変身アイテムみたいだった。手首につけて、ふたを開けると中の宝石が光るらしい。

「これ、フォームチェンジっぽい」

「みゅ! かっこいいですみゅ!」

「でも学校でつけたら目立つかも」

「理央、目立つの苦手ですみゅ?」

「うん。ちょっと」

「じゃあ、これは特別なとき用ですみゅ」

 ミュオパルが真面目な顔でうなずいた。

 理央は、棚の端から端までゆっくり見た。すぐに買えるものは、ひとつもなかった。でも、不思議とがっかりしなかった。

 どれがいいかな、と考えるだけで楽しかった。

 六角形の透明なネックレスケース。

 花と月の宝石箱。

 目立ちすぎないけれど、少しだけ特別なもの。

 中はふわふわで、オパールがよく見えるもの。

 理央の頭の中に、少しずつ形が浮かんでくる。

 ミュオパルが、ふと小さく言った。

「でも、理央のおこづかい、大丈夫ですみゅ?」

 理央は、値札を見た。

「大丈夫じゃない」

「みゅ」

「今日は、見るだけ」

「みゅ」

「でも」

 理央は、もう一度、六角形の透明なケースを見た。

「おこづかい、ためようかな」

 ミュオパルの耳が、ぴんと立った。

「ミュオパルのケース用ですみゅ?」

「うん。すぐじゃないけど」

「みゅ……」

 ミュオパルは、しばらくぱちぱちと瞬きをした。それから、耳の内側を青や金色にきらきら光らせた。

「理央、ミュオパルのおうち、考えてくれてるですみゅ?」

「おうちっていうか、ケース」

「おうちですみゅ」

「じゃあ、おうち」

 理央は小さく笑った。

 店員さんが近づいてきたので、理央は少し緊張した。

「スタージュエルケースをお探しですか?」

「あ、えっと、今日は見るだけです」

 そう言うのは、少し勇気がいった。でも、店員さんはにこっと笑った。

「見るだけでも大丈夫ですよ。初めてのケースは、ゆっくり選んだほうがいいですから」

 理央は、少しほっとした。

「ありがとうございます」

 店を出るころには、空はすっかり夕方の色になっていた。

 理央は、ポケットの中のオパールに触れる。

「ミュオパル」

「みゅ?」

「どれがよかった?」

「六角形も好きですみゅ。オパールがよく見えますみゅ」

「うん」

「でも、花と月の宝石箱も、寝心地がよさそうですみゅ」

「両方ほしいってこと?」

「みゅ……ぜいたくですみゅ?」

「ちょっとね」

「じゃあ、まずはひとつですみゅ」

 理央はうなずいた。

 家に帰ると、陸がテレビを見ていた。

「理央、おかえり」

「ただいま」

「なんか買った?」

「買ってない」

「なんだ」

 理央は部屋に入り、机のすみに置いてある、たぬきの貯金箱を見た。

 昔、商店街のくじ引きでもらったものだ。丸いお腹で、ちょっと間の抜けた顔をしている。

 理央は、引き出しから油性ペンを出した。貯金箱のお腹に、小さく書く。


 ミュオパルケース用。


「みゅ!」

 ミュオパルが、オパールの中から飛び出した。

「たぬきさんが、ミュオパルのおうち代を守ってくれるですみゅ?」

「そういうこと」

 理央は財布を開けた。中には百円玉が一枚と、十円玉が三枚。

 少し迷ってから、百円玉を取り出す。

「まずは、百円」

 貯金箱の背中の穴に、百円玉を入れた。

 ちゃりん。

 小さな音がした。

 ミュオパルが、ぱっと顔を輝かせる。

「みゅ! ケースに一歩近づいたですみゅ!」

「まだかなり遠いけどね」

「一歩は一歩ですみゅ!」

 ミュオパルは、たぬきの貯金箱の前にちょこんと座った。

「たぬきさん、よろしくお願いしますみゅ」

 理央は笑った。

 それから、創作ノートを開く。新しいページに、今日見たケースを思い出しながら描き始めた。

 六角形。

 透明で、オパールがよく見える。

 花の透かし。

 月の飾り。

 中はふわふわ。

 学校につけていっても目立ちすぎない。

 でも、ちょっとだけ特別。

 ページの上に、理央は小さく書いた。


 ミュオパル用ケース案。


 ミュオパルが、横からのぞきこむ。

「みゅ……理央、ミュオパルのおうちを作ってくれてるですみゅ?」

「まだ絵だけ」

「絵でも、うれしいですみゅ」

 理央は、鉛筆を止めた。

「いつか、こういうの作る人になれたらいいのかな」

「作る人?」

「スタージュエルのケースとか、アクセサリーとか。その子に似合う持ち歩き方を考える人」

 言ってから、理央は少し恥ずかしくなった。

「まあ、ただの思いつきだけど」

 ミュオパルは、まじめな顔で首を振った。

「ただの思いつきじゃないですみゅ」

「そう?」

「理央の中から出てきた形ですみゅ」

 その言い方は、前に創作ノートを見たときと同じだった。

 理央は、ノートのページを見る。

 ミュオパル用ケース案。

 六角形の透明なネックレスケース。

 花と月の宝石箱。

 ふわふわの中で眠るオパール。

 Fランク。

 価値なし。

 濁り石。

 そう言われた石のために、自分は今、どんな居場所が似合うか考えている。

 それが、少し不思議だった。そして、少しうれしかった。

「じゃあ、ためよう」

 理央は、もう一度たぬきの貯金箱を見る。

「ミュオパルのケース用」

「みゅ!」

 ミュオパルは、たぬきの前で胸を張った。

「ミュオパル、たぬきさんと一緒に待ちますみゅ!」

「貯金箱の番するの?」

「しますみゅ。大事なお金ですみゅ」

「勝手に食べないでよ」

「ミュオパル、お金は食べませんみゅ!」

 ミュオパルは、ぷるぷる震えて抗議した。

「ミュオパルが食べるのは、理央のきらきらーですみゅ!」

「きらきらー?」

 理央が聞き返すと、ミュオパルは得意そうに胸を張った。

「理央が、おいしいとか、きれいとか、たのしいとか、これ好きって思ったときに出る光ですみゅ。ミュオパルのごはんですみゅ」

「ごはん?」

「みゅ。でも、理央から取ってるわけじゃないですみゅ。こぼれてたのを、ちょっとだけいただくですみゅ」

「勝手に?」

「こぼれてたですみゅ」

 ミュオパルはきっぱり言った。

 机の上には、創作ノート。その横には、ミュオパルケース用のたぬき貯金箱。枕元には、紺色の布に包まれたオパール。

 まだケースはない。まだ百円しかたまっていない。でも、理央にはもう、ミュオパルのための場所が少し見えていた。

 透明な六角形の中で、オパールが光る。花と月の透かしの中で、ミュオパルが眠る。胸元に手を当てたら、小さく「みゅ」と返ってくる。

 そう想像すると、理央の胸の中から、金色の小さな光がふわっとこぼれた。

「みゅ!」

 ミュオパルが、はっと耳を立てる。

「理央のきらきらーですみゅ!」

「これが?」

「みゅ! 未来のきらきらーですみゅ!」

 ミュオパルは両手でその光をそっとすくって、ぱくっと食べた。

「……また勝手に」

「こぼれてたですみゅ」

 ミュオパルは、ほっぺたを押さえて、しあわせそうにころんと転がった。

「甘い?」

「みゅ……まだ少しだけの味ですみゅ。でも、これから大きくなる味ですみゅ」

 理央は、ノートのすみに、小さく書き足した。


 いつか買う。

 ミュオパルに似合うケース。


 それから、少し考えて、もう一行書く。


 スタージュエリーデザイナー?


 はてなマークをつけた。まだ、なれるかどうかはわからない。

 でも、その文字を見たミュオパルは、うれしそうにころんと転がった。

「理央、すてきですみゅ」

「まだ、ただのメモだよ」

「メモから始まるですみゅ」

 理央は、少しだけ照れながらノートを閉じた。たぬきの貯金箱の中で、百円玉が小さく鳴った気がした。

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