おまけ 見るだけの宝石ケース屋さん
おまけです
その日の放課後、理央はいつもの商店街を、ひとりで歩いていた。
ひとり、といっても、本当にひとりではない。
ポケットの中には、紺色の布に包まれたオパールがある。その中では、ミュオパルが小さくころんと丸まっていた。
「理央、どこへ行くですみゅ?」
ポケットの中から、もそもそした声がした。
「ちょっと見るだけ」
「何を見るですみゅ?」
「宝石ケース」
「みゅ?」
ミュオパルが、ぽこんとポケットから顔を出した。夕方の商店街の光を受けて、耳の内側が青や緑にきらっと光る。
「宝石ケースって、オパールのおうちですみゅ?」
「おうちっていうか……持ち歩くケース」
「ミュオパルの?」
「うん。まあ、見るだけだけど」
理央は、少し早口で言った。
お母さんとは、まだ行っていない。今度のお休みに見に行こうか、と言ってくれたけれど、仕事が忙しそうだったし、理央も「絶対に行きたい」と言うのは少し照れくさかった。
それに、今日は買うつもりはない。
ただ、どんなものがあるのか、少しだけ見てみたかった。
Fランクの濁ったオパール。価値なしと言われた石。でも、その中からミュオパルが生まれた。
だったら、袋に入れっぱなしではなく、ちゃんとした居場所を考えてあげたい。
そう思ったのだ。
商店街の奥に、小さな宝石店がある。高そうな指輪やネックレスが並んでいる店で、理央は今まであまり近づいたことがなかった。
でも、今日は入り口の横に、子ども用のスタージュエルケース売り場が出ていた。
小さな看板には、こう書いてある。
『十二歳のスタージュエルに。はじめてのジュエルケース』
理央は、その文字の前で足を止めた。
「……見るだけ」
「みゅ?」
「見るだけだからね」
「理央、誰に言ってるですみゅ?」
「自分に」
理央は小さく答えて、店の中へ入った。
店内は、思ったより明るかった。白い棚に、いろいろなケースが並んでいる。
六角形の透明なケース。
花の透かし模様が入った丸いケース。
月の飾りがついた小さな箱。
ブローチ型。
ネックレス型。
腕輪型。
お守り袋みたいな布ケース。
小さな宝石箱。
どれも、星の光を少しずつ閉じこめたみたいに、きらきらしていた。
理央は、思わず息をのんだ。
「……すごい」
「みゅう……!」
ミュオパルも、ポケットの中から身を乗り出す。
「きらきらですみゅ! いっぱい、おうちがありますみゅ!」
「おうちって言うんだ」
「だって、オパールが入るですみゅ。なら、おうちですみゅ」
理央は、少し笑った。
最初に目に入ったのは、六角形の透明なネックレスケースだった。金色の細いふちがついていて、真ん中が透明になっている。中に入れた宝石がよく見える形だ。
理央は、棚の前でじっと見つめた。
「これ、きれい」
ミュオパルが、ぱっと耳を立てる。
「この六角形、オパールがよく見えますみゅ」
「そうだね」
透明な面の向こうに、自分のオパールを入れたところを想像する。白く濁った石の奥で、青や緑の光がころんと動く。それを胸元にかけて、そっと手で押さえる。
少し、いいかもしれない。
でも、値札を見た理央は、すぐに目をそらした。
「……高い」
「みゅ?」
「うん。見るだけ」
次に見たのは、花と月の透かしが入った小さな宝石箱だった。
手のひらに乗るくらいの大きさで、ふたには半月と小さな花が彫られている。中には、ふわふわした白いクッションが敷いてあった。
ミュオパルが、オパールの中から半分出てきた。
「みゅ! これは寝心地がよさそうですみゅ!」
「寝るの?」
「ミュオパル、オパールの中で寝ますみゅ。でも、ふかふかも気になりますみゅ」
「ふかふか好きなんだ」
「みゅ。ふかふかは正義ですみゅ」
理央は、思わず笑った。
その宝石箱の横には、もっと派手なケースもあった。ピンクの石が周りにたくさんついていて、ふたには大きな星の飾りがついている。
ミュオパルはそれをじっと見て、少しだけ耳を下げた。
「これはちょっと、きらきらしすぎて照れますみゅ」
「照れるんだ」
「ミュオパル、そんなに主張しないタイプですみゅ」
「さっき、みゅーって怒ってたのに?」
「それはそれですみゅ!」
ミュオパルがぷくっとふくれた。理央は、また笑った。
ブローチ型のケースもあった。制服やバッグにつけられるようになっていて、花びらみたいな金具で石を包む形だ。
腕輪型のケースは、少し変身アイテムみたいだった。手首につけて、ふたを開けると中の宝石が光るらしい。
「これ、フォームチェンジっぽい」
「みゅ! かっこいいですみゅ!」
「でも学校でつけたら目立つかも」
「理央、目立つの苦手ですみゅ?」
「うん。ちょっと」
「じゃあ、これは特別なとき用ですみゅ」
ミュオパルが真面目な顔でうなずいた。
理央は、棚の端から端までゆっくり見た。すぐに買えるものは、ひとつもなかった。でも、不思議とがっかりしなかった。
どれがいいかな、と考えるだけで楽しかった。
六角形の透明なネックレスケース。
花と月の宝石箱。
目立ちすぎないけれど、少しだけ特別なもの。
中はふわふわで、オパールがよく見えるもの。
理央の頭の中に、少しずつ形が浮かんでくる。
ミュオパルが、ふと小さく言った。
「でも、理央のおこづかい、大丈夫ですみゅ?」
理央は、値札を見た。
「大丈夫じゃない」
「みゅ」
「今日は、見るだけ」
「みゅ」
「でも」
理央は、もう一度、六角形の透明なケースを見た。
「おこづかい、ためようかな」
ミュオパルの耳が、ぴんと立った。
「ミュオパルのケース用ですみゅ?」
「うん。すぐじゃないけど」
「みゅ……」
ミュオパルは、しばらくぱちぱちと瞬きをした。それから、耳の内側を青や金色にきらきら光らせた。
「理央、ミュオパルのおうち、考えてくれてるですみゅ?」
「おうちっていうか、ケース」
「おうちですみゅ」
「じゃあ、おうち」
理央は小さく笑った。
店員さんが近づいてきたので、理央は少し緊張した。
「スタージュエルケースをお探しですか?」
「あ、えっと、今日は見るだけです」
そう言うのは、少し勇気がいった。でも、店員さんはにこっと笑った。
「見るだけでも大丈夫ですよ。初めてのケースは、ゆっくり選んだほうがいいですから」
理央は、少しほっとした。
「ありがとうございます」
店を出るころには、空はすっかり夕方の色になっていた。
理央は、ポケットの中のオパールに触れる。
「ミュオパル」
「みゅ?」
「どれがよかった?」
「六角形も好きですみゅ。オパールがよく見えますみゅ」
「うん」
「でも、花と月の宝石箱も、寝心地がよさそうですみゅ」
「両方ほしいってこと?」
「みゅ……ぜいたくですみゅ?」
「ちょっとね」
「じゃあ、まずはひとつですみゅ」
理央はうなずいた。
家に帰ると、陸がテレビを見ていた。
「理央、おかえり」
「ただいま」
「なんか買った?」
「買ってない」
「なんだ」
理央は部屋に入り、机のすみに置いてある、たぬきの貯金箱を見た。
昔、商店街のくじ引きでもらったものだ。丸いお腹で、ちょっと間の抜けた顔をしている。
理央は、引き出しから油性ペンを出した。貯金箱のお腹に、小さく書く。
ミュオパルケース用。
「みゅ!」
ミュオパルが、オパールの中から飛び出した。
「たぬきさんが、ミュオパルのおうち代を守ってくれるですみゅ?」
「そういうこと」
理央は財布を開けた。中には百円玉が一枚と、十円玉が三枚。
少し迷ってから、百円玉を取り出す。
「まずは、百円」
貯金箱の背中の穴に、百円玉を入れた。
ちゃりん。
小さな音がした。
ミュオパルが、ぱっと顔を輝かせる。
「みゅ! ケースに一歩近づいたですみゅ!」
「まだかなり遠いけどね」
「一歩は一歩ですみゅ!」
ミュオパルは、たぬきの貯金箱の前にちょこんと座った。
「たぬきさん、よろしくお願いしますみゅ」
理央は笑った。
それから、創作ノートを開く。新しいページに、今日見たケースを思い出しながら描き始めた。
六角形。
透明で、オパールがよく見える。
花の透かし。
月の飾り。
中はふわふわ。
学校につけていっても目立ちすぎない。
でも、ちょっとだけ特別。
ページの上に、理央は小さく書いた。
ミュオパル用ケース案。
ミュオパルが、横からのぞきこむ。
「みゅ……理央、ミュオパルのおうちを作ってくれてるですみゅ?」
「まだ絵だけ」
「絵でも、うれしいですみゅ」
理央は、鉛筆を止めた。
「いつか、こういうの作る人になれたらいいのかな」
「作る人?」
「スタージュエルのケースとか、アクセサリーとか。その子に似合う持ち歩き方を考える人」
言ってから、理央は少し恥ずかしくなった。
「まあ、ただの思いつきだけど」
ミュオパルは、まじめな顔で首を振った。
「ただの思いつきじゃないですみゅ」
「そう?」
「理央の中から出てきた形ですみゅ」
その言い方は、前に創作ノートを見たときと同じだった。
理央は、ノートのページを見る。
ミュオパル用ケース案。
六角形の透明なネックレスケース。
花と月の宝石箱。
ふわふわの中で眠るオパール。
Fランク。
価値なし。
濁り石。
そう言われた石のために、自分は今、どんな居場所が似合うか考えている。
それが、少し不思議だった。そして、少しうれしかった。
「じゃあ、ためよう」
理央は、もう一度たぬきの貯金箱を見る。
「ミュオパルのケース用」
「みゅ!」
ミュオパルは、たぬきの前で胸を張った。
「ミュオパル、たぬきさんと一緒に待ちますみゅ!」
「貯金箱の番するの?」
「しますみゅ。大事なお金ですみゅ」
「勝手に食べないでよ」
「ミュオパル、お金は食べませんみゅ!」
ミュオパルは、ぷるぷる震えて抗議した。
「ミュオパルが食べるのは、理央のきらきらーですみゅ!」
「きらきらー?」
理央が聞き返すと、ミュオパルは得意そうに胸を張った。
「理央が、おいしいとか、きれいとか、たのしいとか、これ好きって思ったときに出る光ですみゅ。ミュオパルのごはんですみゅ」
「ごはん?」
「みゅ。でも、理央から取ってるわけじゃないですみゅ。こぼれてたのを、ちょっとだけいただくですみゅ」
「勝手に?」
「こぼれてたですみゅ」
ミュオパルはきっぱり言った。
机の上には、創作ノート。その横には、ミュオパルケース用のたぬき貯金箱。枕元には、紺色の布に包まれたオパール。
まだケースはない。まだ百円しかたまっていない。でも、理央にはもう、ミュオパルのための場所が少し見えていた。
透明な六角形の中で、オパールが光る。花と月の透かしの中で、ミュオパルが眠る。胸元に手を当てたら、小さく「みゅ」と返ってくる。
そう想像すると、理央の胸の中から、金色の小さな光がふわっとこぼれた。
「みゅ!」
ミュオパルが、はっと耳を立てる。
「理央のきらきらーですみゅ!」
「これが?」
「みゅ! 未来のきらきらーですみゅ!」
ミュオパルは両手でその光をそっとすくって、ぱくっと食べた。
「……また勝手に」
「こぼれてたですみゅ」
ミュオパルは、ほっぺたを押さえて、しあわせそうにころんと転がった。
「甘い?」
「みゅ……まだ少しだけの味ですみゅ。でも、これから大きくなる味ですみゅ」
理央は、ノートのすみに、小さく書き足した。
いつか買う。
ミュオパルに似合うケース。
それから、少し考えて、もう一行書く。
スタージュエリーデザイナー?
はてなマークをつけた。まだ、なれるかどうかはわからない。
でも、その文字を見たミュオパルは、うれしそうにころんと転がった。
「理央、すてきですみゅ」
「まだ、ただのメモだよ」
「メモから始まるですみゅ」
理央は、少しだけ照れながらノートを閉じた。たぬきの貯金箱の中で、百円玉が小さく鳴った気がした。




