三話「ノクス・オルダスタル」
ノクス・オルダスタル。
あいつは、真っ直ぐな人間だ。
俺たちが在籍するサフィラス学園は、午前中は共通授業として語学、歴史学、経済学、数学と生きていく上に必要な様々な教養を身につけていく。だが、午後になると一転して生徒それぞれが将来や興味に合わせてる学科を選び学ぶ。
「二人とも、午後も頑張って!」
「アウローラとアネアもね!」
アネアは右手をグッと構えて応援すると、そのまま曲がって行く。
アネアとアウローラは魔術科という魔術に特化した学科を履修しており、俺とノクスが選択している騎士科とは校舎が異なる。
中央にある校舎から渡り廊下が伸び、騎士科は庭園や魔術科への渡り廊下を無視して真っ直ぐ進み、突き当たりを右折した先に訓練場があった。
ノクスは二人の姿が見えなくなるまで振り向いて手を振っている。
「……毎日元気だな」
「ルークこそ騎士を目指すならもっと明るく振る舞うべきと思うけど?」
「騎士は民の模範であればいい」
俺がそう言い切るとノクスは「頭が堅いなぁ〜」と呟いた。
「民の模範になるなら、次期領主たるアウローラが語る理想の姿についてもっと耳を傾けるべきだと、僕は思うけどな?」
さりげなくノクスに咎められる。それに対して、俺は言葉に困った。
アウローラの語る理想の街の姿とは「民が手を取り合い、認め合い、笑顔でいられる街」である。つまり、ノクスが言いたいのは、もう少し柔和になれとでもいいたいのだろう。
決して冷たくしてるつもりもない。
憧れている騎士である父のように、厳格で、強くありたいだけなのだ。
そんな雑談をしている間に角に差し掛かり、ふいに訓練場よりも先に見える高台に鎮座している領主邸──つまりは、アウローラの家が視界に入る。
「……アウローラは次期領主夫人だ。この街だって、領主によってどういう方針になるかは分からない」
「僕らが領主に選ばれれば、結果として彼女が領主になる。そうだろう?」
ノクスも真っ直ぐ前を見据えていた。
俺は何度この横顔を見つめただろう。
「俺はお前にその座を譲ると表明している」
「僕らの意思は関係ないさ。この街に、この国に。
誰が最も利益をもたらせることができるか次第なんだからね」
ノクスは訓練場に入ると同時に不敵に笑う。
「僕は誰にだって──そう、ルークにだって負けないよ」
午後の授業が始まると、騎士科の中でも小柄で細身であるノクスは、師範に呼ばれて下級生三人との相手をすることになった。
「よろしくお願いします!」
四人が礼をしてそれぞれの持ち場に着くと、先程までペアと打ち合いをしていた騎士科の人間は手を止めて、中央のノクスに視線を向けた。
──三対一か。
ノクスと対峙している下級生三人は、中等部の頃から注目されていた子たちだった。
ガタイはよく、背丈にも長けている。剣技も年相応に実力はあり、本人らが望めば騎士への道は拓けている。
──とはいえ相手が悪かった。いや、師範はこの組み合わせを狙ったのか。
下級生たちは互いを見合い、真っ直ぐノクスへ向かう。
僅かにタイミングをズラされた一撃一撃を、彼は的確に払いながら、間合いを見ていく。
「癖や隙を見つけて、どうやったら相手の防御を崩せるか見定めろ!」
そう言いながら彼は打ち込んできた下級生の攻撃を防ぎ、刃を相手の模擬刀に滑らせて下から上に剣を弾いた。
背後からの一撃すら上手く受け流し、右からきていたもう一人の下級生の攻撃を咄嗟に防ぐ。
「そう。今のタイミングはいいね」
そう言いながら防いだ剣先を地面につけて封じ、上半身への打撃を狙ったもう一人の剣と共に弾いた。
観客となった周囲の人間からは拍手でもなく、雑多な声が聞こえてきた。
どうやったらノクスに一撃を与えられただろうか?
各々そのシミュレーションをして、語り合う。
当の本人であるノクスは、下級生らに手を差し伸べ、立たせると握手とアドバイスをしていた。
──これで、騎士を目指してないというのだからたまったもんじゃない。
ノクスは、剣術においても勉学においても非常に優秀である。
領主の娘であるアウローラ、騎士の名門家系の息子である俺。その幼馴染を持つノクスもまた、代々事務官長を務めてきた貴族の後継人であり、エネメナの婚約者候補のひとりだ。
だからこそ、ノクスの将来は、アウローラたちを支える事務官長になるか、アウローラの夫である領主になるかという二つのレールが敷かれていた。
──中には本人の完璧さを妬む者もいる。
しかし、それすら振り払ってしまうほど、前向きで明るいで、努力家のあいつは人を惹きつける力がある。だからこそ、他にも何人かいる候補者は自ら辞退を申し出ている俺なんかは相手にせず、ノクスを最も敵視している。
俺は──ノクスがアウローラに相応しいと思っている。
昔。それはいつからだっただろうか。アウローラと話すノクスの瞳の中に熱のような輝きを見たことがある。
いつからその瞳は熱を帯びていた?
なんて、野暮なことは聞けないが、少なくても、あいつの力の源はアウローラに対する感情だと気が付いた時、俺はあいつを心から尊敬した。
観客となった生徒たちと共にノクスの動きをじっと観察していた。俺の好敵手である相手を。
「ルーク」
ふと、目が合ったノクスが名前を呼んで、俺を誘う。
周囲を見ると、今度は俺へと視線が注がれる。なるほど、と理解して観客から見世物へとして歩んだ。
「次はアーバンタニー相手だ。いけるか?」
「えぇ、もちろん」
師範がハッキリそう告げ、ノクスが応じた瞬間、騎士科の訓練場には歓声が湧き上がった。
もう俺には断れる雰囲気は残されていない。
「ルークも良いか」
「はい」
承諾してノクスに礼をする。
「ふふっ」
互いに距離を開け、構える。すると、ノクスは真剣な顔から笑みを零した。
「何かおかしいか」
「いいや──僕からしたらルークと剣を交えるなんて日課なのに、こんなにも見物になるんだな、って。
せっかくならさ、稽古じゃなくて本気で挑んできてよ」
「面白い。ルールはどうする」
「うーん、そうだなぁ。せっかくだし、魔術ありの一本勝負。
他はいつも通りでどう?」
「わかった」
快諾し、二人揃って師範へ同意を得るために視線を逸らす。
「エイネール師範もよろしいですか」
「許可しよう」
「ありがとうございます!」
そう、普段通りの明るさを見せたノクスは剣を払い一度鞘に仕舞う。そして、一息つくとすっと目の光を消して、獲物を狩るための表情へと変わる。
──あぁ。
本気勝負はこうでなければ、物足りない。
「はじめっ!」
師範の声を合図にして、共に動き出した。
鈍い俺ですら師範が騎士科の生徒に見せたいものはノクスの提案で理解した。
ノクスは軽快な足取りで距離を詰めてくる。先程まで見せていた下級生との稽古では受け身に周り流していたのが打って変わって、攻撃を叩き込んでくる。俺はというと、その攻撃を受け流し、後退していく。
先ほどの下級生との稽古でも片鱗を隠し切れてなかったが、ノクスの剣筋は一つ一つが軽く、攻めが強い。
更にたちの悪いことに、こいつの攻撃を剣で弾こうとすると、ノクスはそれを察知して敢えて剣で強打して隙を突いてくる。性格に反して戦い方は非常にひねくれている。
ただ、だからこそ。
「お前の攻撃を封じるのが手っ取り早い!」
「っ!?」
ノクスが詰めてくる距離を想定した距離のある斬撃は、あいつの足を一瞬でも止めるのに十分だった。
避けるのと併せてバク転で距離を開けると次の一手のために全力で前に詰めてくる。
そして放たれたのは真っ直ぐな突き。さっと傾けた肩の横を模擬刀が勢いよく通る。
ノクスは突き出した一筋をすぐさまひっこめると、右下から斜めに斬り上げてきた。それに対して、剣を両手で握りしめ、真正面から受け止める。そして、相手の力のままに剣の軌道を右への逸らし、ノクスの剣を上に弾いた。
──剣が跳ねた!
ノクスの胴がガラ空きとなり、一撃を与えるための僅かな隙だった。しかし、ノクスの表情は勝ち誇っている。
俺が意図に気がつく頃にノクスは口を開く。
「快晴の空は我に恵みと祈りの光を注ぎ、我はその下で輝く」
オルダの剣が光を帯びる。
──あれは。
「くそっ…………!」
咄嗟に後退する。ノクスは詠唱中にこそ隙が生まれるが、もし仮に詠唱が終わった場合に生身で受け止められない。
「静謐な部屋を満たす。水面に浮かぶ波紋は唄う。
穿て、護れ、すべてを知る涙は我に力を与える。|涙を流せ、秘宝を求むものよ《トレーネライゼンデ》!」
「我は求む、焔の柱を打ち上げるほどの燃料という渇望を。|飢えた勝者は誇りを掲げる《ズィーガーシュトルツ》」
ノクスの頭上には太陽のように煌めく炎が剣を覆う。
その剣が目の前に迫る直前に慌てて詠唱して発動した魔術を剣に乗せて相対する。
炎と水。相反する属性の術を纏う剣はしばらくの間、いいや、一瞬だったのだろうか?
金属がぶつかり合い、擦れる音を発し続ける。
「はぁぁぁ……!!!」
両者ともに根比べだったのだろう。
しかし、跳ねた。
宙を舞い、床に刺さったのは俺の剣だった。
押し通したノクスには歓声が沸き上がる。当の本人であるノクスは、頬を伝う汗をぬぐい、笑顔で俺に手を延ばした。
「あぁ、ルーク!楽しかったよ!」
「俺もだ」
強烈な一撃で痺れが残る手で、ノクスの手を握り返した。
──いつかお前を超えてみせる。
内心で決意し、師範の元へと歩いて行った。




