二話「不思議な石」
ある日の夕方、西日を浴びながらルークとアネアはいつも通り歩いて帰っていた。
学園のある中層部はこの街の大半を占めており、中間層が暮らす家や雑多な店が立ち並ぶ。
広大な家が立ち並ぶ上層部に比べたら密度が濃く、幅広い層が出入りする層であるため、少しばかり治安が悪く感じられる。
いや。上層部が閉鎖的で厳格で閑静すぎるだけなのだろう。
普段はお喋りなアネアであるが、二人並んで歩くときは、ずっと会話が続くわけではない。
彼女は見慣れてきたであろう街の中ですら、洞察して街を目に焼き付けようとしている節がある。──ただ、そう思っているだけにすぎないが。
ふとした瞬間、アネアが立ち止まる。
「どうした」
「誰か……言い争ってる?」
「なに?」
アネアは声を頼りにゆっくり前へと進んでいくと、急に立ち止まる。
振り向いた視線の先は路地裏で、そこには背丈の高い男三人が小柄な少女を囲み、脅迫しているようだった。少女の姿は足元しか見えないが、男たちに対して「私にはわからない」「知らない」といった言葉を投げかけているようだった。
「あの格好は……サフィラス学園の生徒か」
男たちは皆、俺と同一の真っ白なブレザーを身にまとっており、制服の背中側、位置としては首から肩甲骨にかけての布に校章が印字されている。
俺は学生が問題を起こしているとあっては見過ごせず、剣の柄に手を置いて声をかけようとするが、それを前に立っていたアネアが止める。
「なぜ止める」
「私に任せて」
身体能力はあるが、華奢なアネアは護身用となりそうな武器を持ち歩いていない。
そんな彼女が一体何を?と疑問に思い観察していると、路地裏へと足を進めながら腰からぶら下げている鞄から空の瓶を取り出し、コルクの蓋を外す。
「? なんだ、お前……」
「彼女の手を離しなさい」
蓋を外した音で背後から詰め寄る存在に気が付いた彼らは、アネアの存在を捉えると奥に追い込んでいた少女から手を放して背後を向く。
「お前は……! 俺らの邪魔をするんじゃねぇ!」
「──夢うつつ、境界線は混じりゆく」
そう唱えて空瓶の口に息を吐いたアネアを前に、男たちは成す術もなく倒れていく。
俺は倒れた男たちの傍らに立ち、彼らが意識を失っていることを確認すると、手を柄から離してアネアへ振り向く。
「何をしたんだ」
そう尋ねると彼女は微笑んだ。
「命の危険はないよ。ただ、眠らせただけ。さて……」
アネアは男たちを踏まないように進み、少女の前へと立つ。
少し先ほどの術を食らっていたのか、茫然と立ち尽くす少女の手を取り、手首等に怪我がないことを確認する。
「大丈夫だった?」
「え……あっ、はい」
声をかけられたことで意識が戻ってきた少女は気が付いたら目の前にいたアネアに驚きつつも頷いた。
小柄な少女は、ここでは珍しい綺麗な金色の髪であり、顔つきは中等部程度の子に見える。
しかし、身にまとう制服はアネアと同じ高等部のものであり、この騒ぎは高等部の生徒同士のものであった。
「別に嫌なら話さなくていいのだけど、何があったの?」
「その人が手に持っている石について聞きたいと訪ねてきて……ただ、私は知らなくて……」
「石?」
少女は俺の隣で横たわっている、彼女の手を掴んでいた男を指さした。アネアが振り返って男の手を見ると、力なく広がる手には涙型で、表面に渦巻き模様が描かれている石がある。
アネアはゆっくりそれを取り上げると、まじまじ観察した後ため息を着いた。
「ふむ……これは、貴方が知らなくて当然ね」
そういうと、アネアは少女へと振り向いた。
しかし、少女はアネアが手にしている石を呆然と見つめているだけで、何も反応がない。
「……大丈夫?」
「えっ、あ。はい、大丈夫です……!
その、ありがとうございました」
「あっ、ちょっと待って!」
少女はアネアの静止を聞かずに、逃げるようにこの場から立ち去ってしまった。
「眠気が強くなっているだけだから、何も無ければいいんだけど……。ねぇ、私は怖いかな」
「……まぁ、目の前でこいつらを倒したわけだからな」
アネアが「えー」と不満そうな声を上げているのを無視して、俺も石を覗く。
「……にしても、これはどのような品物なんだ」
そう尋ねるとアネアは少し考え、言葉を選びつつ口を開いた。
「こんな街中にあったら非常に不味いものだね」
「どういうことだ」
「精霊や魔術の……そうだね、歴史的な貴重品だよ。
少なくても、何も知らない人間が手にしていい品物じゃない」
彼女は石を路地裏の奥。光が入らない方向へ、まるで太陽光に照らすように向ける。
「……一旦預かっておくよ。私の研究にも関わることだし」
そういうと、彼女は自身のカバンに石をしまう。
「さ、足元のこれを捕縛して突きつけて、帰ってご飯食べよ?」
「そうだな」
見覚えのある彼らの手首や手足を縛り上げ、俺たちは騎士へ報告した後にいつものような日常に戻って行った。




