一話「ようこそ、オリスポリンへ」
「汝、力を求めるものか」
男は闇に包まれた空間の中で不思議な光を放つ石板の前で立ち尽くしていた。問いかけた声は禍々しく、自身の眠りを妨げる怒りを声に含ませている。
「あ、兄貴……」
「止めましょう、こんな……」
男の後ろで尻餅をつく仲間の男たちは、縋るように兄貴と呼んだもののズボンの裾を掴もうとする。しかし、目の前の光に魅入られた男は静止を気に止めずに、声の在処へと一歩近づくと、手を胸に置いて恐怖を打ち消す。
「俺は……ルーク・アーバンタニーを打ち負かしたい!
その為に、俺は力を求める!! 俺は、この街で一番の男になる!」
「汝の心は受け取った。──心の赴くままに」
眩い光──いや、それは漆黒の闇だったかもしれない。
男たちは意識を失い……そして、日常へと帰っていった。
扇状に広がる教室は明るい日差しが入り込み、視界の先には高齢の教授が教卓を放って教科書を手にしながら歩く。
「我が国マギアアナトレーは約千年の歴史を持っている。
しかし、ここオリスポリンがマギアアナトレーの領土となったのは僅か45年前の出来事である。それはなぜか。理由を述べなさい」
その問いかけに手を掲げたのは、隣に座る白髪の少女であった。
「では、アネア・リッリードくん」
「はい」
アネア・リッリードと呼ばれた少女は立ち上がると、凛とした佇まいのまま教授の方を真っ直ぐ向いて口を開いた。
「ここ西ヴァルハル大陸の二大国家であるマギアアナトレーとオーストリーフデは三年戦争、通称紅白戦争を行っていましたが、45年前のヴァルハル歴995年5月13日に両国の中間地点であるカメリアバーグにて和平を結びました。
この和平はオーストリーフデはオリスポリンを、マギアアナトレーはメテルを交換条件としたものです。
なお、この和平の後、マギアアナトレーの領土となったオリスポリンの主たるブラウディア家当主エペネポス・ブラウディアは王都にて紅椿の署名を行い、先代王ヘスティック二世の臣下として忠誠を誓っています」
「なぜ、戦争を締結する必要があったのか、分かるかね?」
「中央ヴァルハル大陸に位置するルフスカルケルが領土拡大の兆しを見せたためです。かの国は、中央ヴァルハルにある数多の国を平らげました。しかし、それだけでは飽き足らず、西ヴァルハル北部にあった国を滅しており、当時は西ヴァルハルの二国において、脅威でした」
「その通りである。では、授業を続けよう──」
彼女はアネア・リッリード。
俺、ルーク・アーバンタニーの従姉妹である。
彼女と初めて会ったのは二ヶ月前。考古学者の父と研究者の母である両親を持ち、共に世界を旅していたという彼女は、学園できちんと学びたいという理由で入学してきた才女である。
彼女は勉学はもちろんのこと、身体能力にも優れた彼女は運動もできる。貴族ではないものの、一国の貴族よりも権力を持つ一族である彼女に、様々な思惑を持ちながら近寄る生徒も数多くいたが、彼女は理解しながらも来るものを拒まずに、一人の生徒として等しく接した。
「んー、終わったぁ〜。さ、早く食堂に行こ」
「あぁ」
背筋を伸ばした彼女は、立ち上がって俺の目を見た。
こんな彼女だが、俺ら以外に進んでコミュニケーションを取ることはなかった。
授業が終わり、生徒たちは席を立ち教室から出ていくものや席で友人たちと喋っているものもいる。
俺たちは、俺の幼馴染であるノクスとアウローラが待つ出入り口へ移動すると、ノクスはまだ声変り中の声でアネアに関心の言葉を向けた。成長期の最中である彼は、アネアと並ぶとさほど背丈が変わらない。
「アネアはすごいなぁ」
「すごいって?」
「世界史のナルテック教授にも一目置かれているじゃないか」
アネアは「あー」と小さく声を漏らす。
「まぁね。こう見えても世界中を旅してきたし、教科書に載っている遺跡とかは現地に行ってみてきたことだってあるから」
「わたくしは生まれてこのかた、ここマギアアナトレーとお父様の付き添いでオーストリーフデへ行ったことくらいしかありませんわ。
今はこうして名を聞くだけの国々も、いつかは外交で伺うくらいでしょうか」
そして、もう一人。この街の領主「ブラウディア家」の娘であるアウローラは控えめに笑う。
誰が言ったか幻想の街オリスポリン。
大陸の半島に囲まれた湾に浮かぶこの街は、街と大陸を結ぶ一つの大橋か船でしか訪れることのできない巨大な街である。
緩やかな山なりとなったこの街は、領主や貴族といった名を連ねる者たちの住宅街が並ぶ上層部、大橋と繋がっていて平民や市場、学園機能といった様々な機能を持ち人口層が最も厚い中層部、全体的に平地であり北部には海水浴場や農地、東西には港、南部には軍が持つ擁壁が並び貧民がこっそり暮らすスラム街のある下層部と分かれ、中層から中心に向かって渦巻き状に続く大きな街道があり、その街道を中心に白を基調とした建造物が立ち並ぶ。
そんな街の中層部にサフィラス学園が存在し、俺たちはそこで幼少期から勉学に励んでいた。
そんな学園に入学してきたアネアが幼馴染たちとの顔ぶれに加わって数週間。彼女の存在はすっかり溶け込んで、俺の日常となっていた。
新連載始めました。
毎週木曜日朝7時に投稿しますので、もしよろしければ見てください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




