タイトル未定2026/04/17 20:34
翌日も、電車に乗った。
今日は火曜日だ。月曜日より少し楽だが、それほど変わらない。
窓の外を見た。川が見えた。
今日は、サギがいた。
一羽。川べりに立って、じっとしていた。水の中を見ているのか、ただ立っているだけなのか、外からはわからない。
「いるじゃないか」
ひとりごとを言った。
隣に立っていた人が、少し振り返った。
「すみません、独り言で」と結人は言った。
その人は「いえ」と言って、また前を向いた。
電車は川を渡り終えた。サギが見えなくなった。
でも、いた。今日もいた。
三ヶ月前に見たニュースのサギかどうかはわからない。でも、その川にはサギがいる。それが確認できた。
それで十分だと思った。
昼休みに、公園のベンチで弁当を食べた。コンビニで買ったサンドイッチだった。老人が新聞を読んでいた。鳩が歩いていた。子供が遠くで走っていた。何でもない風景だ。
でも、この風景は続いている。昨日も続いていた。三ヶ月前も続いていた。そしてたぶん、明日も続く。続いている間、宇宙のどこかで会議が続いている。
保留が続いている。
「世界が終わらない理由は」
ひとりごとを言った。
「今日も会議が長引いたから」
言い終えて、少し笑った。鳩が一羽、近くに来た。地面を突っついていた。
「お前は関係ないな、この話と」
鳩は気にしなかった。
「でも、お前がいることも、続いてることの一部だと思うよ」
鳩はそっぽを向いた。
「そうか」
サンドイッチを食べた。外で食べると、なんとなくうまかった。三ヶ月前も同じことを思った。同じことを思いながら、でも今日は今日だ。同じようで、少しずつ違う。
それが、日常というものだ。
夕方、仕事を終えて、ビルを出た。空が、オレンジ色に染まっていた。
三ヶ月前にもこういう空だった。あの日、この色を見ながら歩いていたら召喚された。今日は召喚されなかった。次の会議は三ヶ月後だ。
空を見ながら、少し歩いた。
オレンジ色が、少しずつ紫に変わっていく。夕方というのは、色が変わり続ける時間だ。同じ空なのに、五分後には違う色になっている。変わり続けているのに、空は空のままだ。人間も、そうかもしれない。少しずつ変わりながら、でも人間のままで続いていく。
「いい天気だったな」
ひとりごとを言った。返事は来ない。
でも、そう思った。今日はいい天気だった。仕事は大変だったけど、いい天気だった。プリンはうまかった。サギはいた。公園の鳩は相変わらずだった。
それだけのことで、今日は悪くなかった。
家に帰って、コーヒーを淹れた。豆から挽いた。豆が砕ける音がして、香りが広がった。それを飲みながら、窓の外を見た。
夜の街が光っていた。あの光の一つひとつが、誰かの家の灯りだ。今日も誰かがそこで生活している。明日また朝が来て、電車に乗って、仕事をして、また帰ってくる。
その繰り返しが、世界だ。
愚かさと、続けることと、小さな善意と、時々の笑顔と、変わらない鳩と、たまに帰ってくるサギと。それが全部合わさって、九十四・三パーセントになった。
「まだ五・七パーセントある」
コーヒーを飲みながら言った。その五・七パーセントに、荷物を拾った人たちがいる。笑顔だった祖母がいる。中田がいる。木村がいる。月曜日が嫌いな自分がいる。
そして、宇宙のどこかで、時間の神と天使と悪魔とAIが、また会議を続けている。
「続いてる」
ひとりごとを言った。コーヒーが、手の中で温かかった。
三ヶ月後に、また会議がある。次の議題は、AIと人間の共存について。難しい議題だ。
でも、難しくしすぎなくていい、とクロノスは言った。普通の人間として、自分が見たものを話せばいい。結人には、何を話すか、まだわからない。三ヶ月で、何かを見るだろう。見たものが、言葉になるだろう。それを、あの会議室で話す。
ベルフェゴールは「うるさい」と言いながら聞く。
ラファエルは翼を動かしながら聞く。
アトラスは処理を遅くしながら聞く。
クロノスは頷きながら聞く。
そして、また保留になる。
また世界が続く。
「また次の会議で」
窓の外の街に向かって言った。誰も聞いていない。
でも、どこかに届いたような気がした。
最終章終了です!あと数話で完結します!




