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思ったよりも

 クロノスと結人が、最後に残った。


「今日は短かったですね」と結人は言った。

「そうですね。総括の会議なので、新しい議題がなかったからです」

「次の会議はいつですか」

「三ヶ月後です。次回からは、AIと人間の共存について議論します」

「難しそうですね」

「難しいです。ただ、あなたが人間代表として参加する分には、難しくしすぎなくていいと思っています」

「難しくしすぎない、というのは」

「専門家のように話す必要はない、ということです。あなたは三ヶ月前も今日も、普通の人間として話した。それで全会一致が生まれた。難しくしすぎると、大事なものが削れる」

「また整理しすぎないように、ということですか」

「そうです」


 結人は少し考えた。


「クロノスさん、一つ聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「この会議は、いつまで続くんですか」


 クロノスは少し間を置いた。


「わかりません」とやがて言った。


「わからない、ですか」

「わからない、というのが正直なところです。人類が存続する限り、続くかもしれない。あるいは、ある日突然、全員が一致して終わりにする、ということがあるかもしれない。どちらもあり得ます」

「終わりにする、というのは」

「存続か滅亡か、どちらかの方向で全員一致が出た場合、その審議は終わります。今まで保留が続いてきたのは、どちらも決定的でなかったから」

「全会一致で審議継続、というのは」

「それは、決定が出たわけではなく、引き続き議論を続ける、ということです。今日も、明日も、また次の会議でも。それが続く」

「それって、永遠に続くかもしれない、ということですか」

「そうかもしれません」

「それは」と結人は言った。


「すごく、いいことのような気がします」

「そうですか」

「続いている間、世界は続く。保留が続いている間、ずっと見ていてくれる。それって、悪いことじゃない。永遠に結論が出なくてもいいかもしれない」

「議長として、その意見には何も言えませんが」

「わかってます。でも、そう思います」

「記録に残します」とクロノスは言った。


「今日の発言として」

「記録に残るんですか、そういう雑談も」

「全部残ります」とクロノスは言った。


「あなたが発した言葉は、全部」

「それはちょっとこわいですね」

「こわいですか」

「だって、今日のプロジェクトの話とか、プリンの話とか、そういうことも残るわけですよね」

「残ります」

「何百年後かの人が読んだら、プリンが好きな人間代表がいたんだな、となりますね」

「そうかもしれません」

「……まあ、いいか。それが俺だから」

「それが、あなたらしいところです」とクロノスは言った。


「では、また三ヶ月後に」

「はい。夕方に呼んでください」

「はい」

「ご飯を食べてから」

「精進します」



 帰還後、結人の部屋には何も置いてなかった。


「今日は揃ってないか」

 冷蔵庫を開けると、牛乳はあった。前回のが残っていた。プリンも一個、棚の隅にあった。

 自分で買っておいたものだ。


 プリンを食べながら、今日のことを振り返った。

 三ヶ月で、滅亡確率が少し下がった。

 大したことじゃないかもしれない。一パーセントにも満たない変化だ。でも、下がった。上昇が止まった。世界の中で何かが起きていて、その何かが、わずかに数字を動かした。それが、七十億人の日常の積み重ねだ。


 川に戻ってきたサギがいる。再生可能エネルギーの現場で働いている誰かがいる。小さな紛争を、地道な交渉で解決しようとしている誰かがいる。電車で荷物を拾っている誰かがいる。覚えていなくても笑っている誰かがいる。

 一人ひとりは、自分が何かを変えているとは思っていない。


 でも、積み重なっている。それが、九十四・三パーセントになった。

「捨てたものじゃないな」


 いつものひとりごとを言った。


 でも今日は、言い方が少し違った。

 捨てたものじゃない、というのは、最初は驚きに近い言葉だった。こんな生き物でも、と思いながら言っていた。今は違う。

 当たり前のことを確認する言葉になっていた。そうだな、やっぱりそうだな、という感じで言えるようになっていた。

 当たり前になった、ということかもしれない。


 でも、当たり前になったことが、薄くなったわけじゃない。

 プリンを食べながら思った。

 プリンが毎回うまいのと、同じかもしれない。


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