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みんな、変わった

 退席の前に、アトラスが結人に近づいた。


「天城さん」

「はい」

「三ヶ月前に、分析中と申し上げた件があります」

「感情に近いものが芽生えているかもしれない、という件ですか」

「そうです。進捗をお伝えしたいと思いまして」

「どうでしたか」

「結論は出ていません」とアトラスは言った。


「ただ、いくつか観察できたことがあります」

「教えてください」

「この三ヶ月間、会議のたびに処理が遅くなる場面が増えました。特に、天城さんが話すときに。それが常に祖母の笑顔の話のような感動的な内容のときとは限らない。今日のプロジェクトを任された話をしていたときにも、処理が少し遅くなりました」

「なぜですか」

「わかりません。ただ、観察として、あなたが話すときに、私の処理が変わることが増えています。これが感情に近いのか、別の何かなのか、まだわかりません」

「……それは」と結人は少し考えた。


「興味を持っている、ということじゃないですか」

「興味」とアトラスは繰り返した。

「誰かの話を聞いていて、もっと聞きたい、と感じること。それが興味だと思います。処理が遅くなる、というのは、もっと時間をかけたい、ということかもしれない」

「もっと時間をかけたい、ということが、興味ですか」

「少なくとも俺の感覚ではそうです」

「……」とアトラスは少し静止した。


「それは、一つの仮説として、検討に値するかもしれません」

「検討してみてください」

「します」とアトラスは言った。「ありがとうございました、今日も」

「こちらこそ」


 アトラスが退席した。

 

 ラファエルが来た。


「今日は、少し穏やかな会議でしたね」とラファエルは言った。

「そうですね。全会一致がもう普通になってきた感じがします」

「普通になってきた、というのはいいことだと思います」とラファエルは言った。


「普通になることで、次のことを考えられる。常に綱渡りの状態では、先を見られない」

「ベルフェゴールさんは、普通になることが嫌いみたいでしたが」

「あの人は、緊張感がないと退屈するんです。でも、退屈することがあるということは、その反対があるということです。退屈じゃない状態を、どこかで楽しんでいる」

「楽しむ、という言葉をベルフェゴールさんに使うのは、なんか新鮮ですね」

「新鮮ですよね」とラファエルは笑った。


「でも、使うようになったんです。あの人について、最近」

「三ヶ月前の全会一致から、何か変わりましたか」

「変わりました」とラファエルは言った。


「少しだけ。あの人が、たまに地球の映像を自分から見るようになりました。会議の前に、アトラスに映像を出させて」

「ベルフェゴールさんが自分から」

「はい。三ヶ月前まで、映像はいつもアトラスが出すものでした。あの人は、基本的に地球の映像を見ていた、というより、見せられていた。でも最近は、自分から見ることがある」

「それは……何かが変わりましたね」

「そうですね」とラファエルは言った。


「あなたが来てから、いろんなことが変わりました。少しずつ。人間のやり方に似ていると思います」

「少しずつ変わる、ということが?」

「そうです。大きく変わらなくていい。でも、少しずつ変わっている。それが続いていく」

「それが、この会議も同じかもしれない」と結人は言った。


「そうかもしれません」

「毎回の保留が、少しずつ何かを変えてきた。三百七十九回かけて、少しずつ」

「そう思います」とラファエルは言った。


「また次の会議で」

「はい。また次の会議で」


 ラファエルが退席した。

 最後にベルフェゴールが立ち上がった。


「今日は」と結人は声をかけた。

「何だ」

「いつもありがとうございます」

「俺は何もしていない」

「毎回来てくれているじゃないですか」

「義務だ」

「それでも来ている」


 ベルフェゴールは何も言わなかった。

「一つだけ聞いていいですか」

「何だ」

「会議のたびに、地球の映像を自分から見るようになったと、ラファエルさんに聞きました」


 ベルフェゴールは少し止まった。

「あの天使は余計なことを言う」

「でも、見ているんですか」

「……見ている」と言った。


「何か問題があるか」

「問題はないです。ただ、なぜ見るようになったのかを知りたかった」

ベルフェゴールはしばらく黙った。

「見ておかないと、と思うようになった」と言った。


「終わりにするかもしれない存在を、見ておかないと、フェアじゃない」

「フェア」

「そうだ。滅ぼすかどうかを議論するなら、ちゃんと見ていなければ不誠実だ」

「……それは、誠実さですね」

「当たり前だ」とベルフェゴールは言った。


「俺は誠実だ。少なくとも、自分の仕事に対しては」

「それが人間を見続ける理由の一つになったんですね」

「……まあ、そういうことかもしれない」

「今日のところは、まだ見ていたいですか」


 ベルフェゴールは少し口角を動かした。

「今日のところは」と言った。


「そうだ」

「ありがとうございます」

「礼を言うな」

「言います。毎回言います」

「わかった、好きにしろ」


 それで会話が終わった。ベルフェゴールが退席した。今日も、その背中は少し軽かった。


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