変わらず一致
円卓に、全員が揃った。
アトラスが、データを準備していた。いつも通りだ。
ラファエルが、穏やかな顔で座っていた。翼は今日、静かに折り畳まれている。
ベルフェゴールが、腕を組んで座っていた。
「今日の議題は何ですか」と結人は聞いた。
「一つだけです」とクロノスは言った。
「あなたが今回の審議に参加して、三ヶ月が経ちました。今日は、現時点での総括を行います」
「総括?」
「三ヶ月間で、人類の状況がどう変化したか。そして、今後の審議方針についてです」
「わかりました」
「アトラス、データを」
アトラスが映像を出した。
過去三ヶ月間のデータだった。
滅亡確率は、前回の九十五パーセントから、九十四・三パーセントになっていた。
「下がった」と結人は言った。
「わずかにですが、下がりました」とアトラスは言った。
「有意な変化ではありませんが、上昇が止まったということは確認されています」
「理由は何ですか」
「複数の要因が考えられます。再生可能エネルギーの普及が一部地域で加速した。いくつかの地域で小規模な紛争が解決した。また、特定のデータの重み付けが変化したことも影響しています」
「重み付けが変化した、というのは」
「三ヶ月前の会議で、評価基準の一部を更新しました。人間の行動の評価において、大きな出来事だけでなく、小さな日常的な善意も評価対象に加えました」
「それは」と結人は言った。
「あの議論が、反映されたんですか?」
「そうです。観測可能な善意行動の数も加味した結果、評価が少し変わりました」
「……そうか」
「七十億人が毎日積み上げる小さな行動の重みは、今まで十分に評価されていなかったかもしれません。その修正です」
「感情的には嫌だが」とベルフェゴールが言った。
「データとしては認めざるを得ない」
「いつもそうやってデータの前には引き下がるんですね」と結人は言った。
「感情で判断するほど愚かではない」
「でも、感情で保留にしているじゃないですか。毎回」
「うるさい」
ラファエルが微笑んでいた。
「今後の審議方針ですが」とクロノスが言った。
「現状を踏まえ、次回からの審議はこれまで通り継続します。新しい議題もいくつか出てきています」
「どんな議題ですか」
「人間とAIの共存について。宇宙開発の倫理について。それから、人間が気候変動を自力で解決できる可能性の再評価について」
「多いですね」
「問題は常に増え続けます。それが人間の特性でもあります」とクロノスは言った。
「問題を生み出すのも人間、解決しようとするのも人間」と結人は言った。
「そうです」
「それが、厄介でもあり、面白くもある」
「お前が言うと腹が立つ理由がない」とベルフェゴールが言った。「俺が同じことを思っているからだ」
「ベルフェゴールさん、今それを言ったのは、自分でも少し驚きましたか」
「……うるさい」
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
「言います」
「……まあ、いい」
ラファエルの目が、また少し光った。でも今日は泣かなかった。こらえることに慣れてきたのかもしれない。あるいは、嬉しいことに慣れてきたのかもしれない。
「今日の採決は」とクロノスが言った。
「審議継続」とラファエルが言った。
「審議継続」とアトラスが言った。
「滅亡確率が下がった事実を踏まえ、現時点での介入は不適切と判断します」
「審議継続」とベルフェゴールが言った。
間があった。
「理由を言いますか」とクロノスが聞いた。
「言わなくていいだろう」
「前回は言いました」
「前回は特別だった」
「今回も特別では?」
「前回ほどではない」とベルフェゴールは言った。
「今日のところは、まだ見ていたい。それだけだ。三ヶ月前と同じ理由だ」
「記録します」とアトラスが言った。
「三百七十九回目。審議継続。全会一致」
「また全会一致か」と結人は言った。
「そうですね」とラファエルは言った。
「前回から、全会一致が続いています」
「三百七十八回目と三百七十九回目で、連続全会一致。記録に残ります」
「癪だな」とベルフェゴールが言った。
「なぜですか」
「一致し続けると、緊張感がなくなる」
「緊張感がなくなることが嫌いなんですか」
「嫌いだ。一致しているということは、驚きがないということだ」
「それは確かに」と結人は少し考えた。
「でも、全会一致が続くのは、世界が続いている証拠でもある」
「詭弁だ」
「詭弁でも、事実です」
ベルフェゴールは何も言わなかった。でも、何か考えているような顔をしていた。円卓の表面を、また指先でなぞった。




