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だから世界は終わらない

「記録します、アトラス」

「記録しました」とアトラスが言った。


 少し間があった。「全会一致での審議継続です」

 

 全会一致、という言葉が、会議室に落ちた。


「全会一致か」と結人は言った。


「珍しいんですか」

「初めてです」とラファエルが言った。


 目が少し光っていた。今にも涙がこぼれそうな、でもこぼれていない、そういう光り方だった。こらえている。千年以上生きてきた存在が、何かをこらえている。


「本当に?」

「三百七十七回、保留ではありましたが、全会一致になったことは一度もありませんでした。誰かが棄権することが常でした。もしくは、ぎりぎりまで意見を留保することが。今日が、本当に初めてです」

「……それは」

「すごいことです」とラファエルは言った。


「本当に、すごいことです」

「お前の主張が、何かを動かしたんだろう」とベルフェゴールが言った。


 いつもとは違う口調だった。認めている、という口調だった。

「俺のじゃないですよ」と結人は言った。


「電車で荷物を拾ってた人たちと、笑顔だった祖母と、そういう人たちの話をしただけで。俺は、ただ話しただけです」

「それが証拠だ」とベルフェゴールは言った。


「証拠?」

「お前は今、人間を代表した。本当に代表した」


 結人は、その言葉の意味を少し考えた。

 人間を代表した。

 俺が代表したというより、荷物を拾った人たちが代表した。笑顔で迎えてくれた祖母が代表した。それを俺が、ここで言えた。それだけのことかもしれない。


 でも、それだけのことが、三百七十八回目で初めての全会一致を引き起こした。

言葉というのは、届く場所で届く。何を言うかより、誰が誰に言うかが、時に大事だ。結人が言ったから届いた部分がある。人間の中から来た言葉が、人間について語ったから。


「世界が終わらない理由は」と結人は言った。


 なんとなく、口から出た。

「何ですか」とラファエルが聞いた。少し前のめりになって聞いた。


「今日も会議が長引いたから、かな」

誰かが笑った。

 

 どの声かは、わからなかった。クロノスかもしれなかった。ラファエルかもしれなかった。もしかしたら、アトラスだったかもしれない。ベルフェゴールが笑うとは思えなかったが、あるいは、微かに笑ったかもしれない。


 でも、確かに笑い声がした。

 会議室に、その笑い声が広がって、消えた。

 宇宙が見える天井の向こうで、星が静かに輝いていた。地球の映像がまだ円卓に浮かんでいて、白い雲が動き続けていた。

 会議が終わった後の、不思議な静けさがあった。


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