採決:ベルフェゴールの意見1
「ベルフェゴール」とクロノスが呼んだ。
ベルフェゴールは少し間を置いた。
腕を組んだまま、少し俯いていた。円卓の表面を見ていた。何かを考えているような、あるいは何かと戦っているような、そういう沈黙だった。
普段のベルフェゴールは、呼ばれれば即座に答える。言葉は短くても、タイミングは早い。今日は違った。
「待て」と言った。
全員が、ベルフェゴールを見た。
待て、という言葉の含みが、いつもと違った。拒絶じゃない。審議の進行を止めたいわけでもない。もう少し時間をくれ、という感じだった。自分の中で何かを整理しようとしているような。
「……人間」とベルフェゴールは言った。
結人の方を向いた。
視線が真っ直ぐだった。ベルフェゴールに真っ直ぐ見られると、なんとなく背筋が伸びる。怖い、というのとは違う。この人の視線には重さがある。千年以上見てきた目の重さだ。
「はい」
「お前は、人間が愚かだと言った」
「言いました」
「それでも存続を望むと言った」
「言いました」
「なぜ愚かな存在を残したい?」
直球だった。でも今日のベルフェゴールの声は、最初の会議のときとは全然違った。最初は攻撃的な直球だった。論破しようとしている声だった。今日は、本当に知りたくて聞いている声だった。答えを求めている声だった。
結人は少し考えた。
用意していた答えはなかった。でも、考えれば出てくると思った。考えながら言う、という方法が、今は一番正直だと思う。
「俺が人間だから、かな」
「それだけか」
「それだけじゃないですが、それが一番大きいです」
「もう少し聞かせてくれ」
それも珍しかった。ベルフェゴールが「もう少し聞かせてくれ」と言うのは、今日が初めてかもしれない。いつもは反論するか、無視するか、どちらかだった。
「俺自身も愚かだし、俺の周りの人間も全員愚かです」と結人は続けた。
「誰一人、完璧な人間はいない。俺も毎日どこかで失敗するし、後悔するし、昨日と同じ間違いをする。今週だけでも、締め切りを把握し損ねたし、言い方を間違えて上司と少し揉めたし、電車を乗り越した。ちゃんと学習してるんだか、してないんだかわからない」
「それでも残したいのか」
「愛着がある。愚かなものに愛着を持つのも、人間の性質だと思います。かわいがっていたものが少し失敗しても、そこが愛おしくなることがある。子供が転んでも、親は子供を捨てない。ペットが粗相をしても、飼い主はペットを捨てない。それと似ている気がします。俺は人間の一人として、人間に愛着がある」
「合理的じゃない」
「合理的じゃないですね。でも、そういうものだと思います。合理的に判断したら、愚かなものは捨てる方向になる。でも人間は捨てない。捨てられないのかもしれないし、捨てたくないのかもしれない。どちらにしても、愛着があるから残す。そういう選択を、人間はする」
「愛着、か」とベルフェゴールは繰り返した。
言葉を味わっているような繰り返し方だった。
「悪魔のお前が言ってた通りの存在だな、人間は」と続けた。
何か諦めたような、でも嫌いじゃなさそうな、そういう言い方だった。
「そうです」
「バグだらけで、非効率で、矛盾している。愚かだとわかっていて愛着を持つ。その愚かさに愛着を持つ。その愛着もまた愚かさの一形態かもしれない。その繰り返しだ」
「そうです。でも」
「でも?」
「その繰り返しが、なんとなく好きです。俺は」
「好き」とベルフェゴールは繰り返した。何かを確かめるように。
「はい。好き、という言葉が正確かどうかわかりませんが。愛おしい、の方が近いかもしれない。愚かさを含めて、愛おしい。そういう感情が、俺にはあります。感情があることが証明できるわけじゃないけど、あると思っています」
ベルフェゴールはしばらく黙っていた。




