表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

採決:ラファエルの意見

「採決を行います」とクロノスが言った。

 

 声のトーンが、少し変わった。

 議長モードに入ったときのクロノスの声は、普段よりわずかに低くなる。会議を進行するための声だ。いつもと同じ言葉で、いつもと同じ場所で発しているのに、その瞬間だけ少し重さが加わる。結人はいつの頃からか、その変化に気づくようになっていた。


 最初の会議のときは気づかなかった。声のトーンを聞き分けるほど、余裕がなかった。何が起きているか理解するだけで精一杯だった。でも今日は、気づく。それだけ、ここに慣れてきたということかもしれない。


「人類存続の継続審議か、滅亡プロセスの開始か。各委員の意見を聞きます」

 

 円卓の中央に、映像が浮かんだ。

 地球だった。

 青い惑星が、宇宙の暗闇の中に浮かんでいる。白い雲が流れていた。大陸の輪郭が見えた。海が光を反射していた。採決の場面でいつも地球の映像が出るのか、今日だけなのか、結人にはわからない。でも、出てきた。

 遠くから見ると、本当にきれいだ。

 きれいだ、というのは感情的な評価で、審議の場には向かないかもしれない。でも、結人はそう思った。あれが今まさに議論の対象になっているものだ、という実感が、映像を見るたびに来る。


 あの中に、電車があって、公園があって、荷物を拾った人たちがいる。笑顔で迎えてくれた祖母がいた。中田がいる。木村がいる。月曜日が嫌いな人間が、何億人もいる。今も誰かが昼休みにサンドイッチを食べている。今も誰かが鳩に向かって独り言を言っている。

 結人はその映像を見ながら、自分が今どういう場所に立っているかを、もう一度確かめた。


 宇宙の会議室に、一人の人間として座っている。この場所で何かを言える立場にいる。それが、どれほど奇妙で、どれほど光栄なことか。

 最初は召喚されるたびに戸惑っていた。なぜ自分なのか、何を言えばいいのか、ここにいる意味があるのか。


 でも今は、少し違う。戸惑いはある。でも、ここにいることが、何かの役に立っているかもしれない、という感覚が少しある。


「ラファエル」とクロノスが呼んだ。

「審議継続」とラファエルが言った。


 迷いがなかった。一秒も置かずに言った。毎回そうだ。この一言を言うためにここにいる、という確信のある声だった。千年以上見てきた人間への愛着が、その一言に込められている気がした。

「以上ですか」とクロノスが確認した。


「以上ですが、一言だけ」とラファエルは続けた。


 翼が少し広がった。言いたいことがある、というときにラファエルの翼は動く。結人はそれも、いつの頃か気づくようになっていた。


「今日の天城さんの話を聞いて、改めて思いました。人間は、何千年見ていても、新しいものを見せてくれます。祖母の笑顔の話は、私のこれまでの記憶の中にない種類のものでした」

「ない種類、というのは」

「知っていたはずなのに、知らなかった種類のものです」とラファエルは言った。「認知症になっても残るものがあるということは、知っていました。でも、それが一人の孫にとってどういう意味を持つか、そこは知らなかった。あなたが話してくれて、初めてわかりました」

「……ありがとうございます」と結人は言った。


 「こちらこそ」とラファエルは言った。

「そういうことが、人間にはまだたくさんあると思います。何千年見ていても、まだ知らないことがある。それが、私が人間を見続ける理由の一つです」


 ラファエルは微かに頷いた。翼が、今度は静かに折り畳まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ