第13話 神獣の頼みごとは、やっぱり厄介でした
「なあ、ミーナ悪いんだけどさ。頼みごと聞いてくれないか?」
彼が村を出入りするようになったある日。
ヴァルが珍しく改まった様子で話しかけてきた。
「あやしい」
怪しいが無下には出来ない。
何故なら、『神獣』という、かなりファンタジーな存在らしい彼は、私に珍しい素材のお土産をくれる。
錬金術士としてはありがたい物ばかりなのだ!
よくわからないモンスターの皮が大半だけれども、それは強化素材になる。たまにくれる魔石や宝石は加工しなくても売れるし、バンザイな事ばかりだ。
「あやしいけど、いつもお世話になってるからいいわよ。話はなに?」
「その前に、後ろにいる騎士さん。あんたにも聞いてもらいたい」
手で制して、私の背後に話しかけた。
彼も居たのか。
気配を消しているのは、まぁ……。
まだヴァルを警戒しているからな。
「騎士さん。ちょっと戦闘準備しておいてくれない?五分待つからさ」
ヴァルが、エルにそう告げた。口調は軽いが、『戦闘準備』という単語が出てきて一気に不穏になる。
「わかりました。すぐにでも」
エルが重々しく返事をする。そのまま階段を上がっていった。
「待った!私は戦えないんですけど!?冒険者でもないのよ!」
「ミーナは騎士さん用にポーションや薬を色々と準備してあげればいいんじゃないか?」
あやしい!
私は急いで工房へ向かい、五分で様々なポーションや回復薬を鞄に詰め込んだ。
――数分後。
私たちが二人並ぶと、ヴァルはようやく『頼みごと』の説明を始めた。
「知り合いのドラゴンのじいさんが、いよいよ本格的にボケ始めたらしくて。目を覚させてきてくれない?」
「……ドラゴン……!」
「ドラゴンーー!?」
おいおいおい!ドラゴンってワードが前世含めても、かなり危険度MAXレベルなのはわかるわ!
ご近所トラブルのノリで出る単語ではない!
エルの纏う空気も変わっている。
そして、それはきっとドラゴンについて私より詳しいからだろう。
「まだ鼻が利くだろうから、ミーナが近づけば何とかなるだろ!その辺の雑魚はそこの騎士さんに任せていればいい」
さらに軽く話を続けてくるヴァルを慌てて止める。
「無理無理無理!私はそこらの山羊にも勝てない人間なの!自分で何とかして!?」
神獣は、私の慌てた様子も意に介さないようだ。
私の言葉は端から聞いてくれない。
「俺じゃウッカリ喧嘩になっちゃうからさぁ。よろしく。……本気になったら山がなくなっちゃうし。ほい!」
――パチン。
とヴァルが指を鳴らすと、そこは深い山のなかでした……。
なんてね。
……いや、ドラゴン用の準備も何もしてないしーー!
見たこともない植物だらけの、あまり光が届かない鬱蒼とした森の中。地図も何もない。鞄の中に最低限の水と食料と薬を詰め込んだだけ。
――私一人だと確実に死んじゃうよう!
「……あの、くそ野郎が……!」
「……エルさん……?」
いつも礼儀正しいエルが悪態をついていた。
それに驚いて、思わず私の脳が冷静になってしまった。
「エルが頼りだわ……。何があっても離さないでね」
「いえ……。戦闘中は離れていてください」
最後の命綱だけは何があっても手放すもんか。
しかし、いつも優しいエルが厳しい……。
それだけ状況が悪いのか。
うん、確実に悪い。泣きたくなっちゃう。ミーナは17才だもの。
ミーナと聖騎士の姿が見えなくなるのを確認してから、
ヴァルはようやく息を吐いた。
――あれでいい。
盤面は十分に整っている。
神託の残り香も、神の残滓も、その流れも。
……それにしても。
「ラーフェ?」
呼びかけても返事はない。
ヴァルは一瞬だけ眉を寄せた。
あの弟が、黙って離れるとは思えなかったからだ。
その時、リリアーヌがヴァルに声をかけた。
「モフたんは、おねえちゃんについていったよ。おにいちゃん。……モフたんが代わりに行っちゃった」
「……!ちくしょう、やっちまった!」
ヴァルは頭を抱えて、その場から一瞬で消えた。
残されたリリアーヌは一人、ミーナのために祈る。
「おねえちゃんなら。……きっと大丈夫」
二人で、倒木に腰掛けながら休憩していた。
少し歩き回ったが、やはり見覚えすらない森だという。
国内ではないのかもしれない。
下手をしたら、人間が足を踏み入れられない場所に飛ばされた可能性もある。
「……先ほどはすみません。怖がっている女性にかける言葉ではありませんでした」
「ううん。仕方ないよ。エルだって人間だし……。はい、水。飲める時に飲んでおこう」
内心では、穏やかさが戻ったエルにホッとしながらも、彼が気に病まないように軽く流す。
足手まといを連れての高難易度ミッションだ。
彼の苛立ちもわかる。
そして、私の肩身の狭さも理解してほしい……。
ヴァルの野郎……。
モフたんに、いっぱい告げ口してやるからな。
最愛の弟から非難の視線を
浴びればいい。
「あれ……?森が……」
ふと気づくと。
さっきまでけたたましく煩かった鳥の声が消えていた。いつの間にか虫の声も、生き物の気配も希薄になっている。
離れた場所から、木がメキメキと音を立てて倒れていく音が聞こえてくる。
それが段々と近づいてくる――。
……エルの呼吸が浅くなっている。
気づけば、私の手のひらもじっとりと汗をかいていた。
その中でも、エルはじっと私を見て、その後、数秒間だけ目を閉じた。
(彼の邪魔にだけはならないように……!)
無理やり足に力を込める。心臓が口から飛び出しそうな緊張感に、精神が削られていく。
「合図をしたら……いえ。今すぐに後ろへ逃げて……!」
「……!」
言われて、彼から離れる。
――ドォン!
直後に物凄い音がした。
目の前にあったはずの木々が途中から折られ、そこから、巨大な顔がこちらを覗いていたのだ。
ドラゴン……!こんなに大きいなんて!
爪!?尻尾!?
それすらもわからない巨大な一部が、辺りを薙ぎ払っていた。
エルの剣が、一度激しい音を立てたが、そのまま彼と共に、後ろに飛ばされていく。
一瞬だった。
私はエルに駆け寄って回復ポーションを口に突っ込んだ。
咳き込んでむせているが、それどころじゃない。
早く動けるようになってもらわなければ……!
時間稼ぎのつもりで、ドラゴンに怒鳴り返す。
「話し合いができない生き物は、これだから嫌いなのよ!あんたがボケたくそジジイだからなんとかしろって神獣に頼まれたの!悪いのは全部あいつーー!」
爬虫類特有の縦の瞳孔が、ギョロリと私を捉えた。
でも、こんな理不尽に、黙ってなんていられない。
「八つ当たりするなら神獣にしなさいよ!というかドラゴンやら神獣とかファンタジー満載の世界に転生なんて希望してない!神様の馬鹿やろうーー!!」
私の鞄から、モフたんが飛び出した。
――人化したラーフェが、
小さい体で私たちを守るように両手を広げてくれている。
ドラゴンがまた動き出した。その不思議な力のせいなのか。私の視界が土煙と暴風で覆われてしまった。
とても目を開いていられなかった。後ろから肩を支えてくれる気配がする……。
エル――良かった、生きてる。
そう思ったら、膝から力が抜けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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