第14話 ドラゴン、まさかのショタ化
目を瞑っていてもわかる、圧倒的な存在感が突然に消えた。
先程までの張り詰めた空気が嘘のように軽くなっている。
背後にいるエルですら、戸惑った様子を見せていた。
「ド、ドラゴンは!?」
涎を垂らして、今にも私たちを食べそうだったのに。
こんなに簡単に消えてくれるなんてあり得る!?
「すまないが、お嬢さん。
少し、君の力を流し込んで、中を整えてくれないか?」
――え?
いつの間にか。
目の前に灰色の髪に深紅の瞳の少年が立っていた。
普通に考えると……アレだ。
定番のあれだ。
モフたんと同じやつだな。私の直感が告げている……。
しかし、脳が拒否する。
(だって、今回は本当に死ぬかと思った……!)
その原因が、可愛らしくなってるからといって――!
あの凶悪な姿が、実はこんなにかわいいなんて……!
「反則じゃん……!!」
「ミーナさん……見た目に騙されないように。彼らは別次元の生き物です。いつ手のひらを返すかわからない」
エルにも釘を刺されてしまった。
私のチョロさが見抜かれている――。
思考が追いつく前に、背後から聞き慣れた声が割り込んだ。
「おーい、ミーナ。待て待て、そんな顔するなって」
「その声……。ヴァル?」
振り返ると、すぐ後ろに神獣が立っていた。
私たちをここに飛ばした元凶だ。
ぶん殴っても余りある、小憎たらしい彼。
「そいつな。耄碌じじいだけど、悪いやつじゃないぞ」
「ヴァル!この最低、無責任男!」
罵って握りしめた拳を、灰色の少年に掴まれて、彼の額に誘導させられる。
――いつの間に。
触れた瞬間に、職業柄の癖でつい流れを読んでしまう。
一番最初に感じたのは匂いだった。
リリの時は、流れがぐちゃぐちゃだと表現したけれど、ドラゴンの中は「腐った水のような匂い」が中身を満たしていた。
流れていない。
動いていない。
それを、そっと力を流し込んで、中を動かしてあげる。
(綺麗に循環できるように――)
少しずつ彼の中が動き出し、匂いも変わっていく。
もう少し。後少しで――。
「お嬢さん。もうそれ以上は人間には無理だよ。やめなさい」
目の前の少年が、突然私を止めた。
優しくて穏やかな瞳だった。
やはり、さっきのドラゴンなのだろう。異質なものが混ざっている。
そして、やはり長命種ならではの威厳と風格を感じた。
神獣のヴァルが可愛らしく思える、この存在感。
畏怖を感じてもおかしくないはずなのに――何故か、彼は強い安心感を与えてくれる。
「じいさん。今はなんて呼ばれたい?人間と関わるには名前が無いと不便なんだよ」
ヴァルが名前を聞く。
ドラゴンと神獣の関係性がわからないけれど、彼にはいつも驚かされる。
全てにおいて、軽い。
「……ふむ。では、グレイ……でいいか。古い名前は大仰すぎて困るからの」
気を害した様子もなく、ドラゴン――グレイは、自ら名乗った。
「あ……!私はミーナです、グレイさん。……グレイ様?の方がいいかな」
「ふふふ、お嬢さん。老いた竜に敬称は要らんよ。まぁ好きにすればよいが」
余裕が凄い。
ショタ姿なのに惚れそうだ……!
「ドラゴン殿。私は、聖騎士エルディオン・レイヴェルト・アル=セラフィムと申します」
「あぁ。先程はすまなかった。若者よ。わしは、個体名を覚えるのが苦手でね。それでもいいだろうか」
「もちろんです。グレイ様。こちらも剣を向けたご無礼をお許しください……」
グレイさんは、少し言いにくそうに告げているが、礼儀正しい。ここでもヴァルとの格の違いが……。
チラリと横を見ると、満面の笑みで見返された。
嫌味すら通じない、ある意味凄い神獣だ。
「あ!モフたん!じゃなくてラーフェは……!?」
辺りを見渡すと、少し離れた場所でコロコロと転がっていた。
その近くに、エルの剣も落ちている。
彼もそれに気づき、拾いに行くようだ。
私も、モフたんを回収しに、彼の後に続いて歩いていった――。
ミーナと聖騎士が離れて行くのを見計らって、ヴァルは老竜に声をかけた。
「それで調子はどうだ?」
「しばらくこの姿でいれば、もう少しは時間稼ぎが出来る。わしにも、役割を与えられているみたいだからなぁ……。ただ、我々はその中心ではないようだ。神も面白いことをするものだ」
グレイは少しだけ皮肉げに、ヴァルの質問に答えた。
神への見解も彼の本心だった。
「まだるっこしいけどな。でも、今回の件でわかった。どうやっても俺たちは盤上から下りられない」
ヴァルはチラリとラーフェを見た。そこには人間の少女と戯れている、幼い弟の姿がある。
「俺が役割から降りたら、次の" 同じ位置 ”の存在が用意されてるみたいだ」
ヴァルはその様子を少し眺めていた。
自分の代打が、まさかあの幼い神獣だとは……。
神に文句の一つもつけたくなる。
「……ずいぶん荒れてたな」
「歪みがひどかった。正直、もう少し遅かったら理性は戻らなかっただろうな」
少年の姿をしたドラゴンは、そう言って肩をすくめた。
「あそこの聖騎士。少し危ういな。動揺が隠せておらん」
グレイは、若い聖騎士の中を覗くように目を眇めた。
「そうなんだよな〜。でも、それが必要なのかもしれないと思ってる。今回の神託は絶妙な配置なんだよ。さすが神の御業と言うべきか?」
「……ふむ。彼は遠くないうちに選ばされることになるだろうな」
ドラゴンの声音にわずかに滲む、苦みのような感情。
彼は、短命種に価値を見出す質のようだった。
ヴァルは無意識に、溜息をつく。
「壊れやすいんだ。まっすぐ過ぎる、堅物ってやつだな。ちゃんと耐えられるかな」
「惜しいな……」
本気で言った様子のドラゴンに、ヴァルはフォローを入れる。
「でもわからないぞ?そこから成長するのが人間だ。だからあいつらは面白い。見ていて飽きない」
「お主もまだまだ若いな」
「まぁ、神獣の若手ナンバーワンだしな」
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