35)ネガうだけで・・・・・・
今、病室は静かです。
さっきまでの喧騒が夢だったみたいって、幽霊って夢見るんですかね?
今度おっちゃんや、マキ夫人に聞いてみます。
えっ私?? う~ん。夢以前に寝ているのかもわかっていません! はい。
お空を漂っていた時もですが、サツキちゃんの中で過ごすようになってからも時間の感覚がどうも・・・・・・。ふむ??? 体内時計はないようですが。
静かになった病室はなんだか寂しいです。マキ夫人やおっちゃんも今はいません。
幽霊が寂しいなんて変ですか?
サツキちゃんもすでに眠って――!?
「・・・・・・いや、こわいたすけ・・・・・・パパっ」
聞こえた“声”に息をのむ。って、息してませんでした私幽霊ですから。
「ぱぱ・・・・・・」
空に伸びた手が誰にも取られず、落ちた。
私は伸ばしても掴めなかったサツキちゃんの手を見送ることしかできず、幽霊な自分をなんだか寂しく思った。
隣のベッドでサツキちゃんママさんの規則正しい呼吸が、ちょっとだけ乱れたのを感じた。
(サツキちゃん。ごめんね、勝手に憑りついているのに何にも出来なくて――)
「いやいや幽霊が何かできたら怖いやんけ!」
「お、おっちゃん。何、幽霊の心の中読んでるのよ」
(そんなのセクハラです。ん? セクハラ!? 幽霊にもセクハラって言うのかな)
その前に、おっちゃんは心の読める幽霊だったんでしょうか。そんな事はマキ夫人も教えてくれませんでした。なんてこと!! 憤っていると、
「ぱぱ、ままを・・・・・・」
私はおっちゃんへの文句を飲み込んだ。
聞こえた小さな声。
瞑った瞳、溢れた滴。何もできない自分がひどく情けなかった。
幽霊な自分じゃ何もできない事実がただ悲しかった。幽霊は泣けないのか泣かないのかは分からないが、涙は出なかった。でも、悲しみが胸中に残った。
だから、おっちゃんが、
「帰ってきてくれるといいね」
と言った呟きに頷いた。
その言葉が複数の意味を孕んでいると理解っていたけれど。
私は答えを持たなかった。
カーテンが暗い室内の向こう、遠くの明かりから窓の影を映している。
病院の敷地を照らす外灯がほのかに病室を照らす。
私はサツキちゃんの中からぼんやりと室内に差し込むかすかな光を見ていた。
どうか、サツキちゃんが元気になりますように。――笑ってくれますように。
誰とも、何にとも言えないけれど。願うことくらいしかできない。
励ますことも、守ることも出来ない。何もできず。サツキちゃんの、他人さまの中に居る自分が情けなかった。