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番外編④

大変お待たせしました…。

これで最後です。

グスタフがルドヴィークに相談すると、ミランに関する驚くべき事実がわかった。

話を聞いたルドヴィークは不審に思ったようで、人を使って調査をさせたのだ。

調査した者によると、ミランの叔父が沈痛な面持ちで語ってくれたという。

アマリエの言う通り、ミランは彼女を、正確にはその母親を憎んでいた。

どうやら子爵夫妻も承知の上で彼を雇っていたことを知り、グスタフは呆れるしかない。

またしてもフューリヒ子爵家の恥を晒す事となった。


「…殿下、あの話を早急に進めては頂けませんか」

「こう言ってはなんだが、お前もとんだ親を持ったな」

「お恥ずかしい限りです」


ルドヴィークの同情する眼差しにグスタフは顔を背けた。








グスタフは頑なに固辞しようとするミランを無理やり王宮に連れて来た。

アマリエのためを思うならと、卑怯な言い方をして。

グスタフが先に部屋に入り、彼はアマリエ付きの侍女を連れて出てきた。

2人きりというまさかの状況にミランは慌てるが、グスタフは「殿下の許可はもらっている」と彼に入室を勧める。

それでも入ろうとしないミランに対し、「姉上をいつまで待たせるつもりだ」とまたもやアマリエを引き合いに出し、強引に彼の背中を押し込めた。




途方に暮れるような気持ちで閉められたドアを見つめていたミランだったが、やがて覚悟を決めて足を踏み出す。

会いたくて、でも会いたくなかったアマリエは俯き加減でベッドの上にいた。

久しぶりに会ったアマリエは少し痩せたように思う。

ミランは改めて己の所業を悔いた。

だがこのままただ黙っていてはどうしようもないと口を開く。


「お久しぶりでございます、アマリエ様」


アマリエははっとしたように顔を上げ、ミランを見る。

目が合ったのも束の間、彼女の視線は彷徨い、やがて元の位置へと戻ってしまった。


「…ええ。本当ね、ミラン」

「お体の調子はいかがでしょうか?」

「もう大丈夫よ、心配かけてごめんなさい。皆には本当に迷惑をかけたわ」

「滅相もございません、ご無事でなによりです」

「…どうぞ、腰を下ろしてちょうだい」

「はい、失礼します」


また沈黙が戻ってくる。

アマリエはミランと視線を合わせることなく、きつく握りしめた両手を見ていた。

それを切なげに見るミランだが、何を言っていいのかわからない。


「―――お花…」

「はい?」


アマリエがぽつりと呟いた。

小さい声にミランは聞き返す。


「ロベリアの花をいつも用意してくれてありがとう。大変だったでしょう?とても元気づけられたわ」


アマリエからの感謝の言葉にミランは一瞬固まったが、ぎこちなく頷いた。

どこか気まずそうにしている。


「いいえ、大したことではありません。…ご存じだったのですね」

「グスタフから聞いたの。まさかとは思っていたけれど、考えてみれば私のことを知っているのは貴方ぐらいだものね」


アマリエが枕元に飾られているロベリアを見るが、ある物に気付きギクリとした。

そこにはひびの入った額も一緒に置かれていることを、今更ながら思い出したからだ。

また投げられるのではと危惧したアマリエがそれに手を伸ばすと、ミランはアマリエの手を上からそっと押し止めた。

アマリエは思わず体が反応してしまい、恐る恐るミランの様子を窺う。

ミランはそれを受けて苦笑し、名残惜しそうにアマリエの手を放した。


「以前のようなことはもう致しません。ご安心ください」

「え…でも…」

「新しい物を用意しなければいけませんね。気が付きませんでした」


アマリエはミランが母と自分を恨んでいるということをすでに知ってしまった。

そう言われてもにわかに信じることが出来ない。

口には出さなかったが、アマリエの顔に出ていたのだろう。

ミランは苦い顔をすると、首を振って改めて否定した。


「あれは私の逆恨みにすぎません」

「逆恨み?」

「はい。やり場のない怒りを奥様にぶつけるしかなかったのです」


ミランはアマリエの母親の姿絵が飾られている額をぼんやりと見ながら言った。

娘をおいて儚く逝ってしまったかの人は、やはり寂しげに微笑んでいる。


「さらに言えばアマリエ様には全く関係のないことなのです。それにもかかわらず…私が未熟すぎたゆえに、貴女様を不必要に傷つけてしまいました。それだけが悔やまれてなりません。本当に申し訳ございませんでした」


そう言って頭を深く下げたミランにアマリエは慌てる。


「やめて、ミラン!頭を上げてちょうだい!」

「いいえ、許して頂けるまで、上げるつもりはありません」

「ミラン!許す、許すから!」


アマリエの必死な声にミランはしばらくしてから頭を上げた。

彼女の目には涙が浮かんでいる。

それを見てミランは胸が痛んだ。


「貴女という人は…どこまでお人好しなのですか。こんなにあっさりと許してしまうなんて」


その言葉にアマリエは再び顔を伏せ、ぽつりぽつりとあの時の心情を語りだした。


「あっさり許したわけではないわ。とても…とても悲しかった。苦しかった。母様を亡くして、ツィリル様に婚約を解消されて…。私にはもう貴方しか…ミランしかいなかったから。目の前が真っ暗になって何も考えられなくなった。貴方を憎んだこともあったわ」

「…アマリエ様…」


やはり憎まれていたのかと思うと、当然の報いだとわかっていてもミランは苦しくなる。

アマリエを傷つけることに喜びを感じたこともあったが、今となってはありえない。

掠れた声でアマリエの名を呼ぶことしか出来なかった。

アマリエは何かを決心したように顔を上げると、縋るような目でミランを見つめる。


「私、きっとどこかでミランは私から離れて行かない、ずっと味方でいてくれるって思っていた」


ミランは大きな声で「もちろんです!」と叫びたかった。

しかし実際アマリエの言う通り、彼女から離れたのも事実だ。

懸命に気持ちを押しとどめてそれを我慢する。


「貴方にとって迷惑だとわかっているわ。でも私はミランが…ミランが好きだった。あいし―――」


アマリエの言葉が続けられることはなかった。

ミランが彼女の口を手で覆い、それ以上言うことを止めさせたからだ。

ミランは目を閉じて首を振る。

アマリエが言いかけた言葉を拒否するように。

そして震えそうな自分に叱咤して、表面を繕った。


「それはきっとまやかしです、アマリエ様。そう思い込んでいただけですよ。幼少の頃からずっとお側に仕えてさせて頂きましたから。私に対するその想いは兄を慕う気持ち、もしくは年上の男に抱く憧れのようなものでしょう」

「そんなこと―――」

「どちらにしても私たちが結ばれることはありません」


アマリエは自分の気持ちを否定されて傷ついた表情をする。

ミランはまた胸が痛む思いだが、ぐっと堪えた。


「アマリエ様はあの家を出て、これから幸せを掴むのです。今まで虐げられてきた分、誰よりも。私のような一介の奉公人にいつまでも構っていてはいけません」

「私はミランをそのように見たことなどないわ!」


大きな声でアマリエに言われ、ミランの頬が思わず緩む。

ミランにとってはそれだけでもう十分だった。


「ありがとうございます。私もアマリエ様を―――」


ミランは次に続く言葉を一旦切った。

本当は自分もアマリエを愛しているのだと伝えたかった。

だが、どの口が彼女に愛を告げることができるというのか。

ミランは逡巡した後、ようやく想いを言葉にした。

いずれそうなればという願いを込めて。


「―――僭越ながら、実の妹のように思っておりました。いえ、今もそう思っております」

「…ミラン…」


アマリエの潤む瞳と自分の名を呼ぶ声に心が揺らぎそうになるが、再び堪えた。

ここで思うままに振る舞ってはいけないと自分を律する。

だが、最後ぐらいいいのではないかと囁くもう1人のミランがいた。


―――愛しいアマリエ。


恐らく2人きりで会うなどとこれから先もうないだろう。

いや、2人きりでなくとも会えるかどうかわからない。

アマリエがフューリヒ家に戻ってくることはもうないのだから。

そしておそらくあの王子がアマリエを離さないだろうとどこかで確信していた。

その考えがミランを動かした。


「…ご無礼をお許し下さい」


ミランはそう言って椅子から立ち上がると、アマリエに近づいた。

アマリエはぱちぱちと大きな目を瞬いて、大人しく彼の行動を見守っている。

しかし、あまりにも彼との距離が近く、不安になったアマリエは彼の名を呼ぼうとした。


「ミラ―――」


アマリエの視界を彼の影が一瞬覆った。

怖くなってつい目をきつく閉じてしまう。

途端に感じたのは、ふわりと彼の爽やかな香りと目蓋への優しい温もり。


はっと目を開いたアマリエは目の前にいるミランを呆然と見つめた。

ミランは恥ずかしそう笑っていたが、その瞳の奥には切なさが滲む。


「ミランはアマリエ様の幸せを願っております」


アマリエは知らず知らずのうちに、涙を流していた。

ミランの言葉を別れの言葉として受け取ったのだ。

嫌だと言いたかったが、これまでの彼の言動を見てしまった後では言い出すこともできず。

ミランに心配かけてはいけないと、アマリエは笑った。

その言葉に応えるように。

少しぎこちなく、まだ涙を零していたけれど。

それに対し、ミランも笑い返す。

2人はそれ以上会話を交わすことなく、ミランはアマリエに暇を告げた。






ミランが部屋を出ると、彼を待っていたグスタフに出迎えられた。

グスタフは彼がどこかスッキリした表情をしていたので、どうやら仲直りが出来たようだと解釈する。


「その様子だと誤解はとけたようだな」

「……はい。グスタフ様のおかげです」

「そんなことはない。私は姉上とお前が並んでいる姿が好きだったんだ。結局、私が我儘を言ったようなものだな。すまない」


しゅんとしてしまった上に謝罪をするグスタフに、ミランは大いに慌てた。


「いいえ!むしろグスタフ様には感謝の気持ちでいっぱいです!!」


大きな声を上げたミランにグスタフはぽかんとする。

その様子を見てミランははっとすると、周りを気にしてから声を潜めた。


「この機会を与えて下さった殿下とグスタフ様には心から感謝しているのです。……これであの方も私も前に向けるような気がしますから」

「?」


要領を得ないグスタフは不可解そうにミランを見ている。

そんな彼にミランは苦笑した。


「アマリエ様とゆっくりお話なさらなくてもよろしいのですか?」

「ああ、今日はもういい。帰ろうか」

「はい」


グスタフが先を行く中、ミランは歩みを止めて振り返った。

見つめる先はアマリエがいた部屋だ。


「―――     」


ミランは目を細めて何かを呟いたが、それは誰の耳に届くこともなくすぐに消えてしまう。

しばらくそうしていたがグスタフに名を呼ばれたため、急いで彼の後を追った。

今度は一度も振り返ることなく、ただ真っ直ぐ前を見て―――

後書きといいますか、補足を活動報告に載せています。

お時間があればどうぞそちらの方もご覧になって下さい。

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