解放
核の塊へ向かう道を、灰色の布を纏った影が塞いだ。
「ここから先へは、行かせない」
使徒だった。その声には、これまでのような静けさではなく、抗うような、苦しげな響きが混じっていた。
「お前の意志じゃないんだろう」
「関係ない。核が、そう望んでいる」
使徒が、黒い杖を構えた。以前と同じ、目に見えない力の波が、僕へ向かって放たれる。僕はそれを紙一重で躱し、間合いを詰めた。
「戦いたくない」
「戦うしかない。私はもう、それしかできない」
*
剣と杖が、幾度も交錯した。使徒の力は、以前と変わらず圧倒的だった。それでも、僕は退かなかった。誓の光を絶やさず、鍛え直した剣技で、その一撃一撃を凌いでいく。
「なぜ、退かない」
使徒の声に、初めて、困惑にも似た響きが混じった。
「シャナ殿と、約束したから。お前を、ただの敵として斬り捨てない、と」
その一言に、使徒の動きが、一瞬止まった。
「シャナ、が」
「思い出せ。お前は、誰かのために戦っていた。核なんかに、支配される前は」
僕は、誓の力を振り絞り、使徒の懐へ飛び込んだ。剣先を突き付けるのではなく、その肩を強く掴む。
「僕らは、お前を助けに来た」
*
使徒の体が、大きく震えた。仮面の奥から、くぐもった呻き声が漏れる。
「……名前が」
「なんだ」
「名前が、聞こえる。誰かが、私を呼んでいる」
使徒の体を覆う灰色の布から、黒い結晶の破片が、ぽろぽろと剥がれ落ち始めた。核による支配の鎖が、緩んでいくのが分かった。
「シャナ、が――呼んでいる」
その時、背後から、シャナの声が響いた。眷属を退けたのか、彼女がこちらへ駆けてくるのが見えた。
「――コナル!」
その名を聞いた瞬間、使徒の体を覆っていた仮面が、砕けるように崩れ落ちた。現れたのは、初老に差し掛かった、静かな顔立ちの男だった。
「シャナ……なのか」
「ああ。私だ」
シャナが、たどり着くと同時に、その体を抱き留めた。コナルと呼ばれたその男の体は、すでに、崩れかけた結晶のように、光の粒子となって零れ始めていた。
「すまなかった……お前を、一人にして」
「謝るな。よく、戻ってきてくれた」
シャナの声が、涙で震えていた。
「モイラの……子か」
コナルは、最後の力を振り絞るように、僕の方を見た。
「よく、似ている……あの人に」
「ありがとうございます。ここまで、抗ってくれて」
「私の誓は……もう果たせなかったが……お前たちの誓は、きっと……」
その言葉を最後に、コナルの体は、静かに光の粒子となって、洞窟の暗闇へと溶けていった。
シャナは、その場に崩れ落ち、しばらくの間、声を殺して泣いていた。僕は、何も言えないまま、ただその背中にそっと手を置いた。
核の塊が、洞窟の奥で、まだ低く唸り続けている。決着は、まだついていなかった。




