戦友の記憶
崩れた石柱の一つに、シャナが腰を下ろした。使徒は、少し離れた場所に立ったまま、動こうとしなかった。
「九年前のことを、覚えているか」
シャナの問いに、使徒はゆっくりと首を傾げた。
「断片的には。お前と、モイラという女と、共に核に挑んだ記憶がある。だが、その先は、靄がかかったようにしか思い出せない」
「お前は、一人で核の懐に踏み込んでいった。私を庇うようにして」
その一言に、使徒の肩が、微かに揺れた気がした。
「……そうだったのか」
「覚えていないのか」
「覚えている、というより――今、お前の言葉を聞いて、そうだったのだろうと感じる。それだけだ」
*
僕は、二人のやり取りを見守りながら、使徒の纏う気配に、初めて違う印象を抱いた。これまでは、ただ不気味で、底の見えない存在だと思っていた。だが今は、その奥に、確かに何かを堪えているような、痛みに似たものを感じる。
「お前の名前を、私は覚えている」
シャナが、静かにそう切り出した。
「聞きたいか」
使徒は、しばらく黙り込んだ。
「……いや。今は、まだいい」
その答えに、シャナは驚いたような顔をした。
「なぜだ」
「名前を取り戻せば、それだけ、失うものが大きくなる気がする。今の私は、核の一部だ。名前を思い出したところで、そこに戻れる保証はどこにもない」
使徒の声には、諦めとも、恐れとも取れる響きがあった。
「それでも、私はお前を、このままにはしておけない」
シャナがそう言うと、使徒は初めて、笑ったような気配を見せた。声には出さない、微かな仕草だった。
「相変わらず、頑固だな」
*
「核は、どこにいる」
僕は、意を決してそう尋ねた。使徒は、僕の方へ視線を向けた。
「この遺跡の奥、地の底だ。だが、警告しておく。あそこに足を踏み入れれば、もう後戻りはできない」
「覚悟はできています」
「その顔、モイラによく似ている」
使徒はそう呟くと、静かに背を向けた。
「案内はしない。だが、邪魔もしない。……それが、今の私にできる、精一杯だ」
その言葉を残し、使徒の姿は、遺跡の影の中へと消えていった。シャナは、しばらくの間、その場から動けずにいた。
「シャナ殿」
「……大丈夫だ。行こう」
シャナの声は、震えていたが、確かな意志を宿していた。僕らは、遺跡の奥、核が眠るという場所へと、足を進め始めた。




