気配の底
翌朝、森はさらに深く、そして静まり返っていた。
鳥の声どころか、風の音すら、どこか遠くに感じられる。踏みしめる雪の音だけが、やけに大きく響いた。木々の隙間から差し込む光も、心なしか色を失っているように見えた。
「近いな」
シャナが、低く呟いた。
「核の気配が、肌を刺すようだ」
僕にも、その変化がはっきりと分かった。誓の光が、意識せずとも、手のひらの奥でちらつくように反応している。まるで、体そのものが警戒しているかのようだった。
*
森が開けた場所に出ると、そこには、朽ちた石造りの遺跡のようなものが広がっていた。かつては何かの祭壇だったのか、崩れかけた石柱が、雪の中に点々と立っている。
その中央に、灰色の布を纏った人影が、静かに佇んでいた。
「――待っていた」
平坦な声が、静寂を破った。使徒だった。
「シャナ。それに、モイラの子」
シャナが、一歩前に出た。その表情に、これまで見たことのない緊張と、それ以上の何かが浮かんでいる。
「……お前なんだな。本当に」
使徒は、しばらく答えなかった。仮面の奥から、じっとシャナを見つめているのが分かった。
*
「シャナ、か。懐かしい響きだ」
その一言に、シャナの体が、目に見えて強張った。
「思い出、したのか」
「思い出す、というのとは違う。ただ、その名前を耳にすると、何かが疼く。それだけのことだ」
使徒の声には、いつもの平坦さの奥に、わずかな揺らぎが混じっていた。
「教えてくれ。お前の名は」
シャナがそう問うと、使徒は初めて、長い沈黙を見せた。
「……名前は、もう、ここにはない。核に、とうに明け渡した」
「それでも、まだ何かが残っているはずだ。お前は、私を『懐かしい』と感じた。それが、答えだろう」
使徒は答えず、ただ、ゆっくりと首を横に振った。
「今日は、戦いに来たわけではないんだろう」
「ああ。話がしたい」
シャナがそう言うと、使徒は少しの間、僕らを見回した。
「……いいだろう。少しだけなら」
その言葉に、緊迫していた空気が、わずかに緩んだ。それでも、誰も油断してはいなかった。この静けさの奥に、まだ核そのものが潜んでいることを、皆が分かっていた。




