再出発
出立の朝、屋敷の門には、グレアムだけが見送りに立っていた。
「父上は」
「旦那様は、砦の視察に。……その前に、これをロナン様にお渡しするよう、言付かっております」
グレアムが差し出したのは、一振りの短剣だった。柄には、見覚えのない紋章が刻まれている。
「これは」
「モイラ様の形見だそうです。旦那様が、長年しまい込んでいらしたものだと」
僕は、その短剣を受け取り、鞘から少しだけ刃を覗かせた。刃には、古い言葉で何かが刻まれている。読むことはできなかったが、その重みが、確かに母の記憶と繋がっている気がした。
「大切にします」
「旦那様も、きっとそう望んでおられます」
グレアムは深く一礼すると、門の脇へ下がった。
*
僕、フェリク、シャナの三人は、再び国境の森へと向かった。今度の目的地は、討伐部隊の詰める前線基地ではない。9年前の事件があった場所、核の本拠と目される森の奥深くだ。
「本当に、俺も行っていいんですか」
道すがら、フェリクがそう尋ねた。
「今更、聞くことか」
「いや……ここから先は、お前とシャナ殿の因縁の話だ。俺が首を突っ込んでいい領分なのか、正直、分からなくなる時がある」
フェリクの声には、珍しく迷いが滲んでいた。僕は、少し考えてから答えた。
「因縁は、僕とシャナ殿のものかもしれない。でも、この先に立ち向かうのは、僕らだけの戦いじゃない。お前がいてくれるから、僕は前を向いていられる」
「柄にもないことを言うようになったな、お前も」
フェリクは苦笑いを浮かべたが、その足取りは、これまでよりも確かなものになっていた。
*
森が深くなるにつれ、空気が変わっていくのを感じた。木々の影は濃く、鳥の声一つ聞こえない。雪の下に、朽ちた武具や、白骨化した何かの残骸が、時折覗いていた。
「この辺りから、気をつけろ」
先頭を行くシャナが、低い声で言った。
「核の気配が濃くなっている。眷属も、これまでとは比べ物にならないほど出てくるはずだ」
「黒い結晶と、関係があるんですか」
「おそらくな。あの結晶は、核が新たな眷属を生み出す種のようなものだ、と私は見ている」
シャナの言葉に、僕は改めて短剣の柄を握りしめた。母の形見が、今、確かな重さとして手のひらに伝わってくる。
日が傾き始める頃、森の奥から、低い唸り声が響いてきた。複数の気配が、こちらへ近づいてくる。
「来る」
フェリクが剣を抜き、僕もそれに続いた。核の本拠へと向かう道のりは、まだ始まったばかりだった。




