九年前の夜
「核との戦いは、私たち三人だけの手に負えるものじゃなかった」
シャナは、目を伏せたまま続けた。
「一度は退いた。だが、核はモイラの血に気づいていた。誓の民の末裔を、逃がすつもりはなかったんだろう。追ってくる気配を感じながら、私たちはこの領地へ、モイラの新しい生活の場所へと逃げ延びた」
「それが、母がこの屋敷に嫁いできた経緯なんですね」
父が、静かに頷いた。
「モイラが、自分の過去を明かさなかった理由も、これで分かった。守るべきものが、私の他にもあったということか」
「ドナル殿には、無用な危険を負わせたくなかったんだろう。それに――お前たち親子を、核から遠ざけたいという想いもあったはずだ」
シャナはそこで、大きく息を吸った。いよいよ、あの夜の話が始まる。僕は、拳を握りしめた。
*
「九年前のあの日、核の気配が、この領地の近くまで迫っていることに、私たちは気づいた。街道で盗賊に襲われたように見せかけた、あれは――本当は、核の眷属だった」
「では、母は」
「モイラは、お前を守って死んだんじゃない。正確には……お前ごと、核から守り切って、力尽きた」
僕は、言葉を失った。九年間、ずっと信じてきた記憶――目の前で母を守れなかった、あの後悔の輪郭が、静かに、しかし確実に、姿を変えていくのを感じた。
「あの日、私ともう一人の仲間は、少し離れた場所で、核の本体を食い止めていた。モイラを、そしてお前を守り切れると、信じていた。だが」
シャナの声が、初めて大きく揺れた。
「私たちが駆けつけた時には、もう遅かった。モイラは、致命傷を負っていた。それでも、最期まで、お前を庇う腕を離さなかった」
「あなたは、母に何をすると誓ったんですか」
僕は、震える声でそう尋ねた。シャナは、まっすぐに僕の目を見た。
「『あなたの子を、私が守る』――それが、私の誓だった。モイラの最期の願いに応えるための」
「それなのに」
「それなのに、私は、お前を遠くから見守ることしかできなかった。誓を破ったわけじゃない。だが、モイラの本当の願いは、お前がただ守られるだけでなく、自分の足で立てるようになることだったはずだ、と……そう自分に言い聞かせて、直接名乗り出ることができなかった。臆病だったんだ、私は」
*
長い沈黙が、部屋を支配した。父が、静かに立ち上がり、窓の外――夜の闇に沈む庭を見つめた。
「……そうか。だから、お前は」
父の声が、初めて震えていた。
「あの子の器を見るたび、目を逸らしていた。モイラを守れなかった夜のことを、思い出してしまうから」
その一言に、僕は父を見た。長年、感じ取れずにいた父の想いが、ようやく言葉になった瞬間だった。
「父上」
「悪かった。お前を、責めていたわけじゃない。それでも、あの日のことを直視するのが、怖かった」
父は振り返り、まっすぐに僕を見た。その目には、隠しようのない涙が浮かんでいた。
「モイラは、最期まで、お前を守り抜いた。誇りに思っていい」
僕は、こみ上げるものを堪えきれず、静かに頷いた。長い間、心のどこかに沈んでいた重りが、少しずつ、溶けていくのを感じた。




