誓の民
「今から二十年以上前、私はまだ、旅の剣士だった」
シャナは、暖炉の炎を見つめながら、静かに語り始めた。
「あちこちの国境を渡り歩き、腕一本で名を売っていた。『灰狼』という二つ名も、その頃についたものだ。ある時、辺境の小さな村で、一人の女と出会った」
「それが」
「ああ。お前の母、モイラだ」
僕は息を呑んだ。フェリクも、父も、身動き一つせずに耳を傾けている。
「モイラは、村の外れで一人暮らしていた。だが、ただの村娘ではなかった。彼女には、誰も知らない秘密があった」
シャナは、そこで一度言葉を切り、僕の方を見た。
「モイラは、『誓の民』と呼ばれる、古い一族の末裔だった」
「誓の民」
聞き慣れない言葉を、僕は思わず繰り返した。
「大昔、この大陸のどこかに、器の色ではなく、信念に根差した『誓』の力だけで戦った一族がいたそうだ。今となっては、ほとんどの者が忘れた伝承だ。だが、その血は、途絶えずに続いていた」
「母が、その一族の……」
「そうだ。モイラの器が、周囲には分からないほど淡かったのも、そのせいだ。誓の民の血は、器の色による分類そのものに馴染まない。お前の灰色の器と、同じ理由でな」
その言葉に、頭の中で何かが繋がっていく感覚があった。灰色の器。系統不明なほど薄い、僕自身の色。それは無能の証などではなく、母から受け継いだ、ある一族の血の証だったのだ。
*
「私とモイラは、旅の途中で意気投合した。互いに、似たような孤独を抱えていたからかもしれない。彼女は、自分の血の秘密を、いつか使いこなせるようになりたいと言っていた。誰かを守るための力として」
シャナの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。懐かしい記憶を辿るような、柔らかな表情だった。
シャナの声に、懐かしむような、それでいて痛みを堪えるような響きが混じった。
「私たちは、共に旅をするようになった。そして、ある時――国境沿いの森の奥で、それに出会った」
「それ、というのは」
「核だ」
その一言に、部屋の空気が、一段と重くなった。
「核は、太古の昔に誓が歪みきった成れの果てだ、と言い伝えられている。かつて誰かを守るために立てられた誓いが、目的を失い、朽ち果て、それでもなお消えずに残り続けた末路――そういう存在だ。核は、新たな誓の民を探し、取り込もうとする。おそらく、自分と同じ末路を辿らせるために。あるいは、失われた何かを取り戻そうとしているのか。それは、私にも分からない」
シャナはそこまで話すと、一度、深く息を吐いた。
「私とモイラ、そして、もう一人の仲間と共に、私たちは核に立ち向かった。だが、勝てなかった。それどころか――」
その先の言葉を、シャナはすぐには続けられなかった。膝の上で組んだ手が、微かに震えている。暖炉の火が、静かに爆ぜる音だけが、部屋の中に響いていた。
父が、初めて口を開いた。
「無理に、今夜すべて話す必要はない」
その声には、意外なほどの気遣いが滲んでいた。シャナは、驚いたように父を見つめてから、静かに首を振った。
「いや……ここまで来て、止まるわけにはいかない。もう少しだけ、続けさせてくれ」
僕は、次に語られる言葉を、息を詰めて待った。九年前の夜へと、話はいよいよ近づいていた。




