変わらない場所、変わった自分
屋敷の門をくぐった瞬間、懐かしい匂いがした。
薪の煙、乾いた木材、微かに残る雪解けの匂い。物心つく前からずっと嗅いできたはずのその匂いが、今はやけに鮮明に感じられた。門番の兵が、僕の顔を見て驚いたように目を見開く。
「ロナン様……大きくなられて」
たった数ヶ月の間に、そう見えるものだろうか。自分では分からなかったが、傍から見れば、確かに何かが変わったのかもしれない。
「父上は」
「書斎においでです」
*
書斎の扉を開けると、父は変わらぬ姿で机に向かっていた。地図を広げ、何事かを検討している後ろ姿に、一瞬、時間が巻き戻ったような錯覚を覚えた。
「父上」
振り返った父の目に、驚きと、それを上回る安堵の色が浮かんだ。
「……無事だったか」
「はい。ただいま戻りました」
父は立ち上がり、僕の顔をまじまじと見つめた。
「随分と、面構えが変わったな」
「そうでしょうか」
「ああ。以前のお前とは、違う目をしている」
「怪我は」
「ない。フェリクとシャナ殿のおかげで、無事に戻ってこられました」
「そうか」
父はそれだけ言うと、一度目を伏せた。何かを堪えるような、それでいて安堵しているような、複雑な表情だった。短いやり取りだったが、その一言一言に、父なりの精一杯の想いが込められているのが分かった。
フェリクとシャナも遅れて書斎に現れると、父の表情が、また一段と引き締まった。
「シャナ殿。此度の一時帰還、王都の命とは名目に過ぎないと聞いている」
「察しがいいな、相変わらず」
「話す気になったのなら、聞かせてもらおう」
父の声には、有無を言わせぬ重みがあった。シャナは小さく頷き、窓の外に目をやった。夕暮れの光が、書斎の中をゆっくりと橙色に染めていく。
*
その夜、屋敷の広間に、父、僕、フェリク、シャナの四人が集まった。グレアムが茶を運んできて、それ以上は誰も口を利かないまま、静かに部屋を出ていった。扉が閉まる音が、いつもより大きく響いた気がした。
暖炉の火が、パチパチと乾いた音を立てている。誰も、その音以外の物音を立てようとはしなかった。
「長い話になる」
シャナが、静かにそう切り出した。
「聞く準備は、できているか」
「はい」
僕がそう答えると、シャナは一度目を閉じ、それから、ゆっくりと語り始めた。
「全ての始まりは、私がまだ、若かった頃の話だ――」
その声は、これまで聞いたどんな時よりも、静かで、そして真剣だった。九年間、いや、おそらくはそれよりずっと長い間、抱え続けてきたものが、今、ようやく言葉になろうとしていた。
僕は身を乗り出し、その一言一言を聞き逃さないよう、意識を集中させた。隣に座るフェリクも、いつになく神妙な顔で耳を傾けている。父は腕を組んだまま、じっとシャナを見つめていた。
長かった謎の旅が、ようやく核心に触れようとしていた。




