黒い結晶を手に
「王都からの返答が来た」
指揮天幕に呼び出された僕らに、隊長がそう切り出した。
「黒い結晶については、王都の識者だけでは埒が明かないそうだ。現地調査が必要だと判断された。ついては――」
隊長は、書状に目を落としながら続けた。
「カルン男爵領へ一時帰還し、現地の伝承や記録を調べよ、との命が下った。シャナ殿の名も、指名の中にある」
思いがけない話だった。それでも、僕はすぐに理解した。これは名目に過ぎない。シャナが「全てを話す」と決めた、その意志が、この命令という形を借りて動き出したのだろう。
隣に立つシャナの横顔を、僕はそっと窺った。いつもの飄々とした表情の奥に、覚悟を決めた者だけが持つ、静かな強さが見えた。
*
天幕を出ると、フェリクが待っていた。
「聞いたか。俺も、同行を願い出た」
「いいのか。部隊はどうする」
「隊長に頼み込んだ。ロナンだけを行かせるわけにはいかない、とな」
フェリクの声に、迷いはなかった。対等な相棒だと言った、その言葉に嘘はなかったのだと、改めて分かった。
キアンの寝台を見舞うと、彼はまだ包帯を巻いた足で、それでも笑顔を見せた。天幕の中は薬草の匂いが染み付いていたが、以前よりも顔色は良くなっている。
「聞きましたよ、カルン領に戻るんですって」
「お前は、ここに残ってもらうことになる」
「分かってます。足手まといになりたくないですし」
キアンは冗談めかしてそう言ったが、その目には、寂しさも滲んでいた。
「俺の分まで、真相を確かめてきてください。戻ったら、全部聞かせてくださいね」
「約束する」
僕がそう答えると、キアンは満足そうに頷いた。
*
出立の朝は、雲一つない晴天だった。僕とフェリク、シャナの三人は、来た時と同じ街道を、今度は逆向きに辿り始めた。馬の蹄が雪を踏む音が、規則正しく響く。
雪はまだ深く残っていたが、あの日感じていた重苦しさは、もうなかった。荒れた村を通り過ぎる時も、避難民とすれ違う時も、以前よりずっと落ち着いた気持ちで景色を眺めることができた。何も変わっていないはずの道のりが、今はまるで違って見える。
「あの時は、右も左も分からなかったな」
フェリクが、隣でそう呟いた。
「今は、少しは分かるようになった気がする」
「少しどころじゃないだろう」
フェリクは笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「シャナ殿は、大丈夫でしょうか」
僕は、前を歩くシャナの背中に目をやった。その足取りは、いつもより重く見えた。長年抱え続けてきたものを、ついに言葉にする覚悟を固めている――そんな背中だった。
「大丈夫かどうかは、分からない。それでも、もう後戻りはしない、という顔をしている」
僕がそう言うと、フェリクは黙って頷いた。
夕暮れが近づく頃、遠くにカルン領の丘陵が見え始めた。生まれ育った土地の輪郭を、僕はしばらくの間、黙って見つめ続けていた。あそこに、まだ知らない真実が待っている。
「怖いか」
シャナが、振り返らずにそう尋ねた。
「少しは。それでも、知らないままでいる方が、もっと怖い気がします」
「そうか」
シャナはそれだけ言うと、再び前を向いた。夕日に照らされたその横顔は、どこか安堵しているようにも見えた。
怖くない、と言えば嘘になる。それでも、もう目を逸らすつもりはなかった。




