↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能の器と嗤われた少年は、誓いだけを胸に立ち上がる  作者: 冬城 透真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/42

金色の幼馴染

翌朝、僕はいつも通り、屋敷から少し離れた古い道場へ向かった。師のシャナのもとで剣を習うのは、僕にとって数少ない、器の色に関係なく評価される時間だった。


「遅いぞ、ロナン」


道場の前で待っていたフェリクが、木剣を放り投げて寄越(よこ)した。危なげなくそれを受け取りながら、僕は苦笑する。


「まだ鐘が鳴って間もないだろう」


「俺が早いだけだ」


そう言って笑うフェリクは、昨日の器見(うつわみ)の儀のことなど、まるで気にしていないようだった。彼にとっては、既に決まっていた結果を再確認しただけのことなのだろう。


道場の扉が開き、シャナが姿を見せた。白髪交じりの髪を無造作にまとめた、小柄な女性だ。かつて名を馳せた剣士だったと聞いているが、今のシャナからは、そんな武勇伝を感じさせる気配はほとんどない。飄々(ひょうひょう)とした佇まいで、いつも何を考えているのか分かりにくい人だった。


「二人とも、朝から精が出ることだ」


「昨日の儀のことは聞いたか」


フェリクが聞くと、シャナは肩をすくめた。


「噂は耳に入ってくる。金色の器、おめでとう」


「どうも」


「それで、稽古の内容が変わるとでも思ったか?」


シャナの問いに、フェリクは一瞬言葉に詰まった。


「……いや、別に」


「なら早く構えろ。器の色は、剣の腕とは関係ない」


その一言に、僕は少しだけ救われた気がした。この道場でだけは、器の色は評価の対象にならない。剣の腕、反射神経、体力――そういう、努力すれば伸びる何かだけが、ここでは意味を持つ。


とはいえ、その「努力すれば伸びる何か」において、僕とフェリクの間には、はっきりとした差があった。


「そこ、隙だらけだ」


木剣が肩口(かたぐち)を打つ乾いた音が響き、僕はよろめいた。フェリクの太刀筋は速く、正確で、無駄がない。同じ時間だけ稽古を積んできたはずなのに、彼の成長速度は僕のそれをとっくに追い越していた。


「悪い、力が入りすぎた」


フェリクはすぐに手を止めて、心配そうに僕を覗き込んだ。悪気はない。むしろ、彼は僕に対していつも公平であろうとしてくれている。だからこそ、その気遣いの裏にある実力差が、余計にはっきりと浮かび上がってしまう。


「大丈夫だ。続けよう」


「無理はするなよ」


「無理なんてしてない」


僕は木剣を構え直した。フェリクは少し困ったような顔をしたが、それ以上は何も言わずに構えを取った。


稽古が一段落した後、僕らは道場の縁側(えんがわ)に並んで座り、水を飲んでいた。


「なあ、ロナン」


フェリクが不意に切り出した。


「お前、悔しくないのか」


「何がだ」


「器のことだよ。俺は金色で、お前は……」


言いかけて、フェリクは口を噤んだ。灰色、という言葉を、彼なりに気遣って飲み込んだのだと分かった。


「悔しいさ。当たり前だろう」


僕は素直に答えた。強がっても仕方がない。フェリクの前で見栄を張る意味はなかった。


「なら、なんでそんなに平然としてるんだ」


「平然としてるように見えるか?」


「見える。少なくとも俺には」


僕は少し考えてから、答えた。


「悔しくても、器の色は変えられない。それなら、変えられるものに時間を使ったほうがいいと思っただけだ」


「変えられるもの、って剣か」


「剣も、そうだな」


本当は、剣だけではなかった。何かを変えられるかもしれないという、根拠のない予感。それを口にするつもりはなかった。フェリクに話したところで、きっと同情されるだけで、何かが変わるわけでもない。


「お前は、いずれ何か大きなことを成すよ」


フェリクは前にもそう言ったことがあった。今日もまた、同じ言葉を繰り返した。


「根拠もないのに、よくそんなことが言えるな」


「根拠なんていらないだろ、こういうのは」


フェリクは笑いながら、そう言った。彼のその明るさが、時々、僕には眩しすぎた。


「フェリク、術者としての稽古も始めるのか」


僕が尋ねると、フェリクは頷いた。


「ああ。父上にも、シャナ殿にも勧められてる。金色の器だからな、活かさない手はない、と」


「そうか」


「お前も、いつか」


そこまで言って、フェリクはまた口を噤んだ。灰色の器で、魔力の系統すら定まらない僕に、その言葉は続けようがなかったのだろう。気まずい沈黙が、少しの間だけ僕らの間に落ちた。


「気にするな。分かってる」


僕がそう言うと、フェリクは申し訳なさそうな顔をした。


「悪い」


「謝るようなことじゃない」


本当に、謝るようなことではなかった。フェリクは何も悪くない。悪いのは、僕の器が灰色だという、ただそれだけの事実だった。


その日の稽古が終わる頃、道場の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。屋敷の使用人が、息を切らせて道場に駆け込んでくる。


「ロナン様、フェリク様! 至急、旦那様のもとへ」


その声の緊迫感に、僕とフェリクは顔を見合わせた。


「何かあったのか」


「国境の方で……見張りの兵から、連絡が」


使用人はそこまで言うと、言葉を濁した。詳しいことは、屋敷に戻ってから話すつもりなのだろう。


僕は木剣を置き、シャナのほうを見た。シャナは既に、何かを察したような顔をしていた。


「行け、二人とも。稽古はまた明日だ」


「シャナ殿は?」


「私も後で顔を出す。年寄りにも、聞いておきたいことがあるのでな」


その言い方に、僕は微かな違和感を覚えたが、深く考える余裕はなかった。フェリクと二人、道場を飛び出し、屋敷へと急ぐ。


国境沿いの森。昨日、父の口から出たその言葉が、頭の中で不穏な音を立てていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。