並び立つ二人
「許可が下りた」
翌日、フェリクは息を切らしながらそう報告してきた。
「核の配下と目される大型の魔物が、森の東側に巣を作っているらしい。討伐部隊を編成する。俺とお前、それにキアンも加わる」
「本当に、いいんですか」
「シャナ殿が口添えしてくれた。『この二人なら通用する』とな」
フェリクの声には、隠しきれない高揚があった。あの敗北から、ずっと待ち望んでいた機会なのだろう。
「今度こそ、格上に通用するところを見せてやる」
その日の午後、僕らは出立の支度を整えた。キアンは緊張と興奮が入り混じった顔で、何度も槍の穂先を確かめていた。
「今度こそ、俺も足を引っ張らないようにしないと」
「お前は十分、役に立ってる。自信を持て」
フェリクがそう声をかけると、キアンは照れくさそうに頷いた。出立前、シャナが僕のもとへ歩み寄ってきた。
「無理はするなよ。まだ、お前たちの相手ではないかもしれない」
「分かっています。それでも、行きます」
「その顔だ。止めても無駄なんだろうな」
シャナは小さく笑うと、それ以上何も言わずに送り出してくれた。
*
森の東側は、雪が深く積もり、進むだけでも体力を削られた。木々の隙間から差し込む光が、雪面に長い影を落としている。息を吸うたびに、冷たい空気が肺の奥まで染みた。誰も口を利かず、ただ雪を踏みしめる音だけが、隊列の中に規則正しく響いていた。
先頭を行く斥候が、やがて足を止め、手信号で前方を指し示した。
木々の合間、開けた雪原の中央に、それはいた。
以前、第11話で出会った魔物よりも、さらに一回り大きい。全身を覆う黒い体毛、爛々と光る複数の目。統率された魔物の群れを率いる、核の配下の一体だった。
「行くぞ」
フェリクの合図と共に、部隊が展開する。僕は左手に意識を集中させた。手のひらに、迷いのない銀の光が灯る。
魔物が咆哮を上げ、地面を揺らしながら突進してきた。爪の一振りが空気を裂き、雪煙が舞い上がる。フェリクが正面から受け止め、剣を交える。以前なら一撃で弾かれていたはずのその剣が、今はしっかりと魔物の攻撃を受け流していた。金属同士がぶつかるような重い音が、森の中に響き渡る。
「ロナン、右だ!」
フェリクの声に応え、僕は誓の力を纏った足で地を蹴った。魔物の意識がフェリクに向いている隙に、側面から回り込む。剣を振るい、脇腹に一撃を叩き込んだ。
魔物が苦痛の咆哮を上げ、体勢を崩す。
「今だ!」
フェリクが叫び、正面から渾身の一撃を叩き込んだ。魔物はよろめきながらも、まだ倒れない。
「もう一撃、行けるか」
「はい」
短いやり取りだけで、次の連携が決まった。以前なら、こんな呼吸の合わせ方などできなかった。器の差が、いつも二人の間に見えない壁を作っていたからだ。今は、その壁がどこにもなかった。
僕とフェリクは、左右から同時に踏み込んだ。魔物の反応が一瞬遅れる。二つの剣が、ほぼ同時に急所を捉えた。
魔物は最後の力を振り絞るように、大きく身をよじった。その爪がフェリクを捉えかけた瞬間、僕は誓の力を全開にして割り込んだ。剣で爪筋を逸らし、体勢を崩した魔物の首筋に、渾身の一撃を打ち込む。
長い咆哮を残し、魔物はついに、雪の上に崩れ落ちた。
*
静寂が戻ると、キアンが後方から歓声を上げながら駆け寄ってきた。
「やりましたね、お二人とも!」
「お前の援護も、悪くなかったぞ」
フェリクがそう返すと、キアンは誇らしげに胸を張った。
僕は肩で息をしながら、自分の手のひらを見た。銀の光は、まだ穏やかに灯り続けている。以前なら、これほどの戦闘の後には、反動で立っていられなかったはずだ。積み重ねてきたものが、確かに形になっていた。
「な、言った通りだろう」
フェリクが、汗を拭いながら僕の肩を叩いた。
「お前と並んで戦えるようになるとはな。正直、想像もしてなかった」
「僕もです」
「昔は、俺が前に出て、お前を守るのが当たり前だった。今は違う。さっきだって、お前が割り込んでくれなかったら、俺は危なかった」
フェリクは、少し照れくさそうにそう続けた。
「持ちつ持たれつ、ってやつですね」
「悪くない響きだ」
僕らは互いに顔を見合わせ、思わず笑った。張り詰めていた緊張が、ようやくほどけていくのが分かった。
かつて、器の色だけで測られていた二人の距離は、もうどこにもなかった。フェリクが抱える重さも、僕が背負う謎も、まだ何一つ消えてはいない。それでも、少なくとも今この瞬間だけは、対等な戦友として並び立てている。それだけで、十分だった。
倒れた魔物の亡骸を検分していた斥候が、何かに気づいたように声を上げた。
「隊長、これを」
差し出されたのは、魔物の体内から見つかったという、小さな黒い結晶だった。誰も見たことのない代物に、部隊全体がざわめいた。
「持ち帰って、本営に報告だ」
フェリクの声が引き締まる。黒い結晶は、鈍く光を反射しながら、それ自体が何かを訴えかけてくるような不気味さを纏っていた。倒したはずの敵の奥に、まだ見えない何かが潜んでいる予感が、静かに僕らの間に広がっていった。
帰り道、雪原に長く伸びる僕らの影を見ながら、僕は今日の手応えを、もう一度確かめるように握りしめた。対等な戦友として並び立てるようになった実感と、その先にまだ広がる謎の重さ。その両方を抱えたまま、僕らは宿営への道を歩き続けた。




