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無能の器と嗤われた少年は、誓いだけを胸に立ち上がる  作者: 冬城 透真


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12/42

敗北の後で

屋敷に戻った僕らを迎えたのは、重い沈黙だった。


父は偵察部隊の報告を聞くと、しばらく目を閉じたまま何も言わなかった。ランプの灯りが揺れる執務室に、誰の呼吸の音まで聞こえてきそうな静けさが満ちている。


「討伐隊の到着を、早めるよう王都に催促する。それまでは、街道の完全な封鎖と、領民の避難範囲の拡大で凌ぐしかない」


父はそう結論づけると、僕とフェリクを見た。


「怪我はないか」


「腕に少し。大したことはありません」


「そうか」


短いやり取りだったが、その一言に、父なりの安堵が滲んでいる気がした。いつもと変わらない硬い声のはずなのに、なぜかその奥に、何か別の感情が透けて見えた気がする。理由を深く考える余裕は、今の僕にはなかった。


自室に戻ってからも、僕はずっと今日の光景を反芻していた。銀の光を弾き飛ばした、あの圧倒的な一撃。フェリクの剣が、まるで枝のように弾かれた瞬間。何もかもが、これまでの修行の成果を嘲笑うかのようだった。


窓の外はすっかり暗くなり、遠くで虫の声だけが規則正しく響いている。いつもなら心地よいはずのその音が、今夜はやけに耳障りに感じられた。このままでは駄目だ、と分かっている。それでも、何をどう変えればいいのか、答えは容易に見つからなかった。


夜も更けた頃、道場の灯りがまだついていることに気づき、僕は足を運んだ。案の定、シャナがそこにいた。


「眠れないか」


「はい」


「無理もない。今日のあれは、誰にとっても堪える経験だ」


シャナは僕を手招きし、道場の床に並んで座らせた。冷たい木の感触が、じんわりと体に伝わってくる。


「シャナ殿は、あの魔物のことを何か知っているんですか」


(こく)の配下、ということ以上は分からん。だが、あの気配には、覚えがある」


「覚えが」


シャナは一瞬、言葉を選ぶように黙り込んだ。それから、ゆっくりと口を開いた。


「昔――随分昔の話だ。似たような気配を、一度だけ感じたことがある」


「それが、シャナ殿の(ちかい)と関係あるんですか」


その問いに、シャナは僕をまっすぐに見た。いつもの飄々とした表情の奥に、初めて見る種類の陰りがあった。


「いずれ話す。今は、お前が今日学んだことに集中しろ」


はぐらかされた、と分かっていても、それ以上踏み込む勇気は出なかった。代わりに、僕は今日の敗北について、率直に尋ねることにした。


「僕の誓は、なぜ通用しなかったんでしょうか」


「発動できたこと自体は、大きな進歩だ。だが、発動できることと、使いこなせることは、まったく別の話だ」


シャナは自分の手のひらを見つめながら、続けた。


「覚悟だけでは、力の形は定まらない。銀の光を、ただ闇雲に纏っただけでは、盾にも剣にもならない。技術と経験の裏付けがあって、初めて『力』として機能する」


「じゃあ、これからどうすれば」


「剣術を、もっと徹底的に鍛える。誓の力は、お前の技量の上に乗るものだ。土台が脆ければ、どれだけ強い光を灯しても、簡単に崩れる」


その言葉は、これまで聞いたどんな説明よりも、腑に落ちるものだった。誓は魔法のような特別な力ではなく、あくまで僕自身の力を底上げする仕組みに過ぎない。土台がなければ、意味をなさない。


「覚悟だけで勝てるなら、誰も苦労はしない。お前は、覚悟の先にあるものを、まだ何も持っていないんだ」


シャナの言葉は厳しかったが、不思議と反発する気持ちは湧かなかった。むしろ、霧が晴れていくような感覚があった。何が足りないのか分からないまま焦り続けるより、足りないものの正体がはっきりした今の方が、まだ前を向けそうだった。


道場を出ると、庭の隅にフェリクの姿があった。彼は月明かりの下、一人で黙々と素振りを繰り返していた。


「フェリク」


声をかけると、彼は木剣を止め、荒い息のまま振り返った。


「眠れないのは、お前もか」


「ああ」


僕はフェリクの隣に腰を下ろした。夜風が冷たく頬を撫でる。


「今日は、悪かった」


フェリクが不意にそう言った。


「何がだ」


「俺の剣も、全く役に立たなかった。お前を守ると言っておきながら、あの一撃で吹き飛ばされた」


その声には、これまで聞いたことのない弱々しさがあった。金色の(うつわ)を持ち、いつも自信に満ちていたフェリクが、今は打ちのめされたように肩を落としている。


「フェリクのせいじゃない。あれは、誰が相手でも同じ結果だったと思う」


「慰めなくていい」


「慰めじゃない。本当にそう思ってる」


フェリクはしばらく黙り込んでから、小さく息を吐いた。


「なあ、ロナン。俺たち、本当に間に合うのか。核とかいうやつが、いつ動き出すか分からないのに」


「分からない。それでも」


僕は夜空を見上げた。雲間から覗く星が、いつになく遠く感じられた。


「間に合わせるしかない。今のままじゃ駄目だっていうことは、はっきりした。だったら、変えるしかない」


「変える、か」


フェリクは僕の言葉を反芻するように呟くと、木剣を握り直した。


「なら、俺も付き合う。お前が土台を鍛えるって言うなら、俺がその相手になってやる」


その申し出に、僕は素直に頷いた。


「頼む」


「その代わり、俺も置いていかれてられない。お前が誓を鍛えるなら、俺は俺で、もっと強くなる」


二人でしばらく、無言のまま夜空を見上げていた。風が止み、虫の声だけが辺りを満たしている。今日の敗北は、間違いなく大きな痛手だった。それでも、その痛みの中から、次に進むべき道筋が、少しずつ見え始めていた。


土台を鍛え直す。誓の力を、ただの偶発的な閃光ではなく、確かな武器へと変えていく。それが、これからの僕に課された、新しい修行の形だった。

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