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無能の器と嗤われた少年は、誓いだけを胸に立ち上がる  作者: 冬城 透真


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格上の壁

王都からの使者が去って三日後、事態は急変した。


国境沿いの見張りから、新たな報告が入ったのだ。街道の一つが、統率された魔物の群れに封鎖されたという。しかも、その群れの先頭には、これまで見たことのない、一際大きな個体がいるという。


「討伐隊の到着を待っていては、街道の封鎖が長引く。近隣の村への物資が滞れば、それだけで被害が出る」


父の言葉に、集まった家臣たちは一様に厳しい表情を浮かべていた。


「先行して、偵察に出す部隊を編成する。ロナン、フェリク」


父が僕らの名を呼んだ。


「お前たちも同行しろ。実戦経験を積ませる、良い機会だ」


その言葉に、僕は驚きを隠せなかった。これまで戦力外として扱われてきた僕が、正式な部隊の一員として送り出される。それだけ、事態が切迫しているということでもあった。


「無茶はするな。あくまで偵察が目的だ。深追いは禁じる」


シャナがそう釘を刺した。彼女もまた、今回の遠征に同行することになっていた。


翌朝、僕らは十数名の部隊とともに、国境沿いの街道へと向かった。夜明け前の空気はまだ冷たく、馬の吐く息が白く尾を引いていた。誰も無駄口を叩かず、鎧と武具の触れ合う音だけが、隊列の中に規則正しく響いている。


馬に揺られながら、僕は胸の内で何度も、(ちかい)の発動を確認するように意識を集中させていた。命の危険が近づけば、あの銀の光は応えてくれるはずだ。修行の成果を、初めて実戦で試す時が来る。緊張と、どこかで期待していた自分がいたことを、今なら分かる。


街道に近づくにつれ、空気が変わっていくのを感じた。木々の間から漂う、獣とは違う、()えたような臭い。遠くから、低い唸り声のようなものが、断続的に聞こえてくる。


「見えたぞ」


先頭を進んでいた斥候が、緊張した声で報告した。


街道の先、木々がまばらになった開けた場所に、数十体の魔物が屯していた。その中心に、ひときわ大きな影がある。


体長は馬の二倍近くあるだろうか。全身を覆う黒い鱗のような外皮に、赤い紋様が幾筋も走っている。それは、これまで僕が見てきたどの魔物とも、明らかに一線を画す威圧感を放っていた。周囲の魔物たちが、まるでその影に畏怖するように、一定の距離を保って動いているのが分かる。まさしく、群れを統べる者の風格だった。


「あれが、(こく)の配下か」


フェリクが呟いた。声が微かに震えている。彼ほどの実力者でさえ、あの気配には本能的な恐怖を感じているのだと分かった。


「引くぞ。今の戦力で挑む相手じゃない」


シャナが低い声でそう指示を出した。だが、その言葉が届く前に、大きな影がこちらに気づいた。


赤い目が、まっすぐに僕らを捉える。


「くそっ、気づかれた!」


魔物の群れが、一斉に動き出した。斥候たちが慌てて退避の合図を送るが、大型の個体の動きは、想像以上に速かった。


「ロナン、下がれ!」


フェリクの叫びとともに、僕は咄嗟に手のひらに意識を集中させた。誓を、発動させなければ。


――二度と、目の前で誰も見捨てない。


その言葉を心に念じた瞬間、手のひらに銀の光が灯った。だが、目の前に迫る影の圧倒的な威圧感に、僕の意識は一瞬で塗り潰されそうになった。


大型の魔物が、腕を振るう。僕は反射的に銀の光を盾のように展開したが、その一撃は、僕の防御ごと弾き飛ばした。


「がはっ」


地面に叩きつけられ、僕は息が詰まった。銀の光は、あっという間に霧散していた。全く、通用しなかった。


「ロナン!」


フェリクが駆け寄り、剣を構えて魔物の前に立ちはだかる。だが、フェリクの剣もまた、一合も打ち合わないうちに弾き返された。


「そんな、力が違いすぎる……!」


これまで自信に満ちていたフェリクの声が、初めて動揺に揺れていた。


「退却! 全員、退却しろ!」


シャナの怒声が響く。彼女自身が前に出て、魔物の動きを一瞬だけ止める。その隙に、部隊は一斉に退却を始めた。


僕はフェリクに支えられながら、必死に馬へと駆け戻った。振り返ると、大型の魔物がこちらを睨みつけながらも、なぜか深追いはしてこなかった。まるで、僕らを見逃したというより、興味を失ったかのような、不気味な引き際だった。


街道から十分に離れた場所で、部隊はようやく足を止めた。誰もが肩で息をし、言葉を失っていた。


「まるで、話にならなかった」


フェリクが、地面に膝をつきながら呟いた。その声には、これまで聞いたことのない、はっきりとした恐れが滲んでいた。


僕は自分の手のひらを見つめた。銀の光は、跡形もなく消えている。誓を発動させることはできた。それでも、あの敵の前では、まるで意味をなさなかった。


修行の一月は、確かに僕を変えた。だが、それだけでは、まだ全く足りない。その事実が、これ以上ないほど明確に、僕の胸に突きつけられていた。


屋敷へと戻る馬上、誰も口を開かなかった。夕暮れの光が、疲れ切った部隊の背中を長く伸ばしている。シャナだけが、時折こちらを振り返り、何かを確かめるような目で僕を見ていた。その視線の意味を、僕はまだ、うまく読み取れずにいた。

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