第八話 信じてくれる人
ヴィクトールは半狂乱で会場を駆け抜け外へ走る。その後ろを護衛たちが慌てて追いかけた。
残る護衛たちもリリアーヌを引きずってその場を後にした。
(ようやくうるさいのがいなくなった……)
一度深呼吸をして目を閉じ、ルークの手を握る力を強める。
神経を集中させ、心の中で魔力受け渡しの呪文を唱えた。
(お願い、どうか上手くいって……)
しかし、やはり魔法は発動しない。
焦る心で何度も唱えても、体の中にうごめく魔力をどうしても扱うことができなかった。
「だめ、使えない……」
セリスティアは力なく手をおろす。
目には涙がにじみ、皮膚が切れそうなほどに唇を噛んでいた。
「力を抜くんだ」
セリスティアを落ち着かせるような声でエリアスが言った。
決して距離は詰めないものの、寄り添うように見つめてくるエリアスを、セリスティアもそっと見つめ返す。
「え……?」
「君は魔力が多いんだろう。では渾身の力を振り絞ってはだめだ。むしろごく少量の水を流すように、魔力を絞れ」
エリアスの言葉にセリスティアはハッとする。
もう一度目を閉じ、深呼吸をして脱力した。
魔力を込めるようなイメージは捨てて、むしろごく自然に、流れに身を任せるように呪文だけを唱えた。
そうすると、うごめく魔力の中で少しだけ、手の先から零れ落ちるような感覚があった。
次の瞬間、眩い光があたりを包む。
魔力受け渡しの際に見られる光……しかし、通常見られるそれをはるかに凌駕するほどの白い輝きがセリスティアの手から放たれ、ルークに流れ込んでいく。
そして赤く鈍い光が抵抗するように輝いたあと、火花のように霧散していった。
「でき、た……?」
「そうみたいだな。彼を俺の屋敷に運んで、しばらく様子を見よう」
「は、はい……!」
セリスティアとルークは、念のため同じ馬車に乗った。
辺境の領地から長距離を移動するためルークの馬車はかなり広く、セリスティアと侍従たちが乗って、ルークを交代で見守る。
エリアスは一人、別の馬車で先頭を走っていた。
セリスティアには彼と話したいことがたくさんある。
けれど馬車に人と一緒に乗ることはできないと言い切るエリアスに、かける言葉が見つからなかった。
(どうして、どうしてあんなに優しい方に、恐ろしく哀しい能力が与えられたのかしら……)
彼の力を知って戸惑い、よそよそしく接していたセリスティアを、エリアスは気にかけてくれていた。
だからこそ、今日も様子を見に来てくれたのだろう。彼だって、嫁いでくるセリスティアと皇室の因縁くらいは知っていただろうから。
さらに騒ぎを聞きつけて、会場まで助け船を出しにきてくれた。かばってくれた……セリスティアに魔力があることを信じ、導いてくれた。
馬車の中は、セリスティアとルークの寝ている場所を分けるように簡易的な布で仕切られている。
布越しに、ルークの侍従が眠っている彼の世話を懸命にしているのが音で伝わってくる。
『ルーク様、大丈夫です、大丈夫ですからね……』
初老の男性である侍従は、主人であるルークを慕い、同時に息子のように感じているのだろう。涙声でしきりに彼に声を掛けている。
たまにセリスティアが様子を覗きに行く時も、侍従はルークの手を握ったり、汗をぬぐったりとそばを離れなかった。
セリスティアだって昔はそうだった。風邪をひけば侍女がつきっきりで看病し、両親もしきりに様子を身に来て、手をにぎり励ましてくれたのだ。
セリスティアの魔法が目覚めず、かつて自分を包んでいたぬくもりは次第に熱を失い、冷たい孤独だけが残った。
孤独に押しつぶされそうな眠れないような夜には、誰かが手を握り寄り添ってくれないかと、誰か胸を貸してくれないかと、みっともなく願ってしまったこともある。
(エリアス様も、同じだったのかしら……)
人里を離れ深い森の方へ進んでいく景色を馬車の窓から眺める。
セリスティアの目からは、はらはらと涙がこぼれていた。
◇◇◇
「体調は本当に大丈夫なのね?」
「ああ、問題ない。君こそ本当に大丈夫なのか? 僕にかなりの魔力を渡してくれたんだろう。調子が悪くなったりは?」
数日後、エリアスの屋敷に滞在していたルークが帰ることになった。
あのあとルークは目を覚まし、すぐに調子は戻ってきた。
魔法の専門医にも診てもらい、幸いルークにはなんの後遺症もないだろうとのことだった。
「まったく変わったところはないのよ。もしかしたら術が不完全で、思ったより魔力を消費しなかったのかもね」
「どうだろう……どちらにせよ、本当にありがとう。君は命の恩人だ」
「もともとは私がかけられるはずの術だったのよ、気にしないで。むしろ巻き込んで申し訳なかったわ」
玄関で挨拶をしている2人。そこに当然エリアスの姿はない。
「……君の主人にもお礼を言いたいけれど、やはり会うのは難しいのかな」
「ええ……私から伝えておくから安心して」
「そうしてくれると助かるよ。あとで礼の品も送るから……じゃあ」
ルークが馬車に乗り込むのを見守っていると、彼は直前で立ち止まり、セリスティアの方へ戻ってきた。
「どうかした?」
「君に伝えておきたいことがあったんだ」
セリスティアがきょとんとルークを見上げると、真剣な表情の彼と目が合った。
「僕は……本当は昨日、君を僕の実家に連れ帰ろうと思っていたんだ」
「……え?」
「気づいたら惹かれていた、君が好きだ」
驚きに思わず息を呑む。
いつものおちゃらけた様子とは違い、少し緊張しているような顔つきで、うるんだ目元をしている。それだけで彼が冗談を言っているのではないと伝わってきた。
「わ、私……全然気づかなくて……」
「当然だ。出会った時すでに君は皇太子の婚約者だったから、僕は気持ちをひた隠しにしていたしね。でも君は殿下と別れ、そして悪名高い辺境伯のもとに嫁がされた。これ以上君が苦しむなら、僕が君を守り、幸せにしたいと覚悟を決めたんだ」
真摯な想いを打ち明けられ、セリスティアは戸惑った。
彼女もまた、幼い頃から婚約者がいる身で、他の誰かを異性として意識したことはなかったのだ。
もちろんルークのことは大切に思っているし、友人としてではあるが、好意を抱いていた。
きっと、彼と暮らせば穏やかで幸せな人生を送れる、そんな気がした。
(でも……)
「でも、君は君の旦那様と話した方がいいと思う」
「!!」
ルークは切なそうにはにかんだ。
そして、ポケットから何かを取り出す。それは昨日セリスティアが薬草を絵に描いた紙だった。
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