第九話 理解してくれる人
「僕へのお見舞いに、エリアス様からとある薬草が届いたんだ。非常に珍しい、魔力を回復する効果がある薬草……君も彼からこれを受け取ったんだろう?」
魔力を回復する効果。そう言われてセリスティアは点と点がつながったように感じた。
エリアスは、触れた者の魔力を無差別に吸い取る。エリアスと初めて顔を合わせた時、彼はセリスティアに誤って触れ、魔力を吸い取ってしまったと勘違いしたのではないだろうか。
だからこそ、急に倒れ頭をぶつけたセリスティアに、打ち身の薬と、貴重な『魔力を回復する薬草』を渡してくれたのだ。
(最初から、最初からエリアス様は優しかったのだわ……)
うつむくセリスティアの肩をルークがそっと叩く。
自由なようでいて、人の感情に敏いルークは、セリスティアの葛藤に気づいていたのだろう。
「君の親友としてのアドバイスさ。君は彼を放っておいてはだめだ。他でもない、君自身が後悔すると思うから。向き合って、それでも上手くいかなかった時は、僕のことを頼ってくれたら嬉しい」
親友の言葉は、セリスティアの胸に深く響き、鼻頭にツンと熱いものが込み上げる。
エリアスが気になる、エリアスを放っておけない──その気持ちがなんなのかは分からない。
単なる同情心、おせっかい、エゴ。なんにせよ、中途半端な心で彼の闇に触れていいものなのか、ずっと悩んでいた。
もっとも、自分が何に葛藤しているのか、セレスティア自身も今の今まで言葉にできなかったのだ。
「ありがとう、ルーク。そう、私……彼を、エリアス様をこのまま一人にしておきたくないの。自分のことで精いっぱいなくせに、私……」
「わかっているとも。まったく、君はお人よしだね」
「……あなたもよ、ルーク」
ルークは照れたように微笑むと、少しだけ名残惜しそうにセリスティアの肩を叩いた。
親友に背中を押され、セリスティアは心を決めたのだった。
◇◇◇
翌日の朝。セリスティアはしばらくぶりにエリアスの部屋の前にいた。
(エリアス様と話したい。でも、何を話せばいいのかしら……昨日のお礼? ううん、今までの謝罪? それとも……)
エリアスと向き合う、と心を決めたはいいものの、セリスティアはいまだに悩んでいた。
彼とどう接していくのか、その答えは簡単に出せるものではない。
するとその時、誰かが階段を上がってくる音がした。
足音は三階のベルも無視し真っ直ぐこちらに向かってくる。
「おや、これは奥様。お初にお目にかかります、執事長のモリスと申します」
その人物は、この屋敷で唯一エリアスと対面で接しているという、古株の使用人だった。
「モリスさん。今日が休暇明けでしたのね、お出迎えもできずすみません」
「いいえいいえ、だいたいの事情は聞き及んでおります。使用人たちも皆戸惑っているようですね。かく言うわたくしも、坊ちゃまが心配でこうして脇目も振らず訪ねにきたというものです」
「そうでしたか……」
モリスは柔らかく丁寧な物腰で、セリスティアにことわったあと、ためらいもなく扉をノックした。
「坊ちゃま、モリスです。入りますぞー」
「え!?」
ガチャリと豪快にドアを開け、モリスがエリアスの部屋に入る。
開かずの扉だと感じていたドアがあっけなく開放され、セリスティアは目を白黒させた。
(二人はこれほどまでに気安い関係だったの!?)
中ではエリアスが特段驚いた様子もなく待ち受けていた。
ただ、モリスの奥にセリスティアの姿を見つけた瞬間には、少し目を丸くした。
「……じい。元気そうだね」
「ええ、もうすっかりよくなりましたぞ」
二人は決して触れ合うような距離に近づくことはないものの、その間に緊張感はなかった。
(これが、二人が見つけた安心できる距離なのね。恐れず向き合えば、こんなに普通に接することができるなんて……)
エリアスの能力を知ってから彼を避けていた自分もまた、思慮が浅かったとセリスティアは反省する。
うつむくセリスティアと、体がこわばっているエリアスを交互に見て、モリスは呆れたように、けれどもあたたかく彼らに声をかけた。
「お二人は夫婦でいらっしゃるのに、いまだ全く打ち解けていないようですな。そうだ、お茶の時間にでもいたしましょうか」
「「え!?」」
エリアスとセリスティアの素っ頓狂な声が重なり、思わずお互いを見る。
戸惑う二人を構わず、モリスはお茶の用意をしに退出していってしまった。
──気まずい沈黙が流れる。
開け放たれた扉の前に立ち尽くすセリスティアに向かって、先にエリアスが口を開いた。
「その、手前のソファに掛けてくれ」
「あっ、は、はい!」
恐る恐る部屋に足を踏み入れたセリスティア。
エリアスの向かい、けれど一番遠いソファにそっと腰掛ける。
(何を、何を話せば……!)
自分は人と話すのがこうも苦手だっただろうか、とセリスティアは思った。
思い返せばセリスティアの周りにいてくれた数少ない人たちは、皆勝手に話しているようなおしゃべり好きが多かった。
(ニーナや、ルークだってそう……あ、そうだわ。ルーク!)
「あの、こちらで療養していたルークですが……エリアス様にもお礼がしたいと言っておりました。今度何か贈り物をしたいと……」
「そうか。き……気にするなと、伝えてくれ」
「はい……あ、いえ。でも貴重な薬草を分けてくださったでしょう、私にも。私からまとめて何かお礼をさせてください。何かお好きなものはないですか」
「好きなもの……」
エリアスが考え込んでしまう。押し付けがましかっただろうか、とセリスティアは内心気が気でなかった。
「あの、いきなり失礼いたしました。難しければその、私の方で選ばせていただきます」
エリアスの長考というプレッシャーに耐えきれなくなったセリスティアが降参する。
しかし、エリアスは少しだけ気恥ずかしそうに、ぽそりと口を開いた。
「花……花が好きだ。君が、いつも届けてくれただろう。それをまた……お願いしたい」
セリスティアは息を呑み、心打たれた。
なんていじらしい答えなのだろう。エリアスが、最大限セリスティアに歩み寄ってくれているのを感じて、うっすらと泣きそうな心地にさえなった。
(言わなければ、エリアス様にお礼を)
心を決めた瞬間、モリスがワゴンを引いて戻ってきた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ブックマーク、★★★★★など反応いただけたら励みになります☺️
どうぞよろしくお願いします!




