第七話 自滅するものたち
他を圧倒する美貌と異質なオーラを持つエリアスは、人々の視線を釘付けにし、同時に底知れない威圧感を放っている。
「ヴァルクレイ辺境伯、エリアス。皆様ご存知の本物の死神です」
ハリのある声でそう言い放ち、会場は一瞬静寂に包まれる。
それから、堰を切ったような悲鳴があちこちに飛び交った。
見物していたものは皆散り散りに距離をとり、ヴィクトールとその護衛、リリアーヌ、倒れたルーク、そしてセリスティアとエリアスだけがその場に残された。
他の貴族たちは、距離を取りながらも帰るわけにもいかず、会場は彼らを囲むように大きく歪な円ができていた。
エリアスはぐるりと自分を囲む人々を見る。
エリアスと視線を合わせないよう、小さく悲鳴をあげながら人々は顔をそらした。
その光景を見て、セリスティアは頭を殴られるような衝撃を受けた。
自分が今まで社交界で味わった、値踏みするような視線、遠巻きに非難してくる声、皮膚を刺すような冷ややかな空気……それをはるかに凌駕するほどの嫌悪が今エリアスに向けられている。
『目が合うだけで命を奪われる』なんて戯言を、皆本気で信じているのだろうか。
そうでなくても、噂の真相を確かめるまでもなく、まるで化け物のように扱われていることは明らかだった。
エリアスは最後にセリスティアを一瞥した。
彼の赤い瞳の奥に、どれほどの悲しみを抱えているのだろう。
傷つくようなそぶりを微塵も感じさせない無表情が、セリスティアの胸をいっそう締め付けた。
「私は確かに死神ですが、彼女は違う」
「!!」
誰もがエリアスの登場に驚き……そして恐怖し、何も行動を起こせないでいる中、エリアスは淡々と話を続ける。
「そして……先ほどの赤い光は私の呪いでもなんでもない──邪術です。そこの魔女の」
エリアスは真っ直ぐにリリアーヌを指さした。
リリアーヌは目を見開き、明らかに動揺しだす。
「な、何を言ってるの!? あなたの呪いでしょう!?」
「いいや違う。古く昔から排除され、それでもしぶとく継承されてきた黒魔法、その一種で間違いない。その女のどこかに入れ墨があるはず」
リリアーヌは反射的に首元を隠す。
その行動が何よりも疑わしいと気づいてもあとの祭りだった。
「リリアーヌ、君はいつも、傷跡があると言って首元を隠していた。その反応、まさか……」
「ち、ちがっ……」
「私も……私も不思議に思っていたの。前にあなたが殿下に魔力を渡した時……その時も赤い光が見えたわ。普通魔力に色は無いのに」
「うるさいわね!」
「さっき私の腕を掴んだ時、術を使おうとしたのね? 触れたところが熱くなって、手を振り払ったら赤い光がはじけた。それでルークが倒れてしまった……あなたは何をしたの!?」
「あたしじゃないって言ってるでしょ!?」
いつも可愛らしく可憐な雰囲気だったリリアーヌが髪を掻きむしって抗議する。
目を吊り上げ、どすの効いた声を張り上げる姿は別人のように思えた。
「……なるほど、だいたいわかった。その女が使ったのは魔力の前借だな。お前、本当は魔力なんかほとんどないんだろう」
リリアーヌの目が一層見開かれる。誰がどう見ても図星を付かれた反応だった。
「ど、どういうことだ!? 私は確かにリリアーヌからたいりょうの魔力を受け取って……」
「受け取っていたのは、黒魔法で前借りした魔力だ。一瞬で、自分が持つ以上の魔力を作り出せる代わりに、一定期間で返さなければいけない」
「返すって、どうやって……」
「そのままだ、借りた分だけの魔力が消費されていく。例え足りなくても底を尽きるまで消費は止まらない」
「ま、待て、それでは死んでしまうではないか!」
「だから今この女は、どさくさに紛れて人に代償をなすりつけようとしたんだ。代償を誰かに押し付けると、押し付けられたものの魔力が消費される……黒魔法には代償を移す生贄がつきものなんだ。だから禁じられている」
(そうか……私に代償を押し付ければ、次第に弱っていって命を落としても、エリアス様の呪いのせいにできる!)
そこまで気づいてハッと後ろを振り返る。
「ルークは!? もしかして代償はルークにうつってしまったの!?」
セリスティアは倒れているルークを再び覗き込み、意識を確認する。
そのそばにエリアスも膝をつき、苦々しい顔で告げる。
「どうやらそのようだな。不完全な状態であるために、本来よりも早く反転が始まろうとしているのかもしれない」
(なんてこと……! どうしたらいいの、考えるのよ……)
その時、自分の中でいつもうずまく魔力の感覚が、初めて自分に呼びかけるような気がした。セリスティアに確かにある魔力──その存在を思い出させてくれるように。
セリスティアがとっさにルークの手を握る。
「!? 何をしている?」
「私の魔力を渡すのよ。消費されても底を尽きなければ死なないわ」
「危険だ、君の魔力がなくなったらどうする」
「いいえ。なくならない。私は、歴代でもっとも魔力が多いとまで言われたんですから」
決意の籠った、しかし自分に言い聞かせるようにも聞こえる声に、エリアスは目を見開いた。
ただ唖然と眺めていたヴィクトールとリリアーヌさえ、驚きに目を丸くしていた。
「はぁ!? あははは、バカじゃないの! あんた、今さら強がってそいつと心中でもするつもり!? どこまでプライドが高いのよ!」
「い、いや待てリリアーヌ、君がそれを認めるということは、私に渡した偽物の魔力は今どうなっているんだ! 私にも代償がくるんじゃないだろうな!?」
「そ、それは……大丈夫よ。ヴィクトール様があたしとの約束さえ守っていれば」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィクトールの顔色がサッと青ざめていった。
約束が破られたことを悟ったリリアーヌは苦々しげに顔をしかめ舌打ちをした。
「魔法を使ったのね……あれほど待てと言ったのに! どれだけ使ったのよ! 消費される分をちゃんと残しておかないと……」
「だって、代償のことなんて知らなかったんだ! いやそれより……お、俺は元々魔力が少ないんだ。消費されたらすぐに死んでしまう! リリアーヌ貴様、今すぐどうにかしろ!! そうだ、元々は貴様の責任なんだ、代償を移させろ!」
「いやぁ! 離してよ! 私だって魔力は少ないの!」
ヴィクトールがリリアーヌにつかみかかり、リリアーヌが振りほどこうと抵抗する。
すかさずヴィクトールの護衛達がリリアーヌを取り押さえた。
その際に、リリアーヌの着け襟がずれ、首筋に入れ墨のようなものがはっきりと見える。
ヴィクトールの表情は恐怖と絶望に染まり、立場も威厳もなくボトボトと汗や涙が滴り落ちていく。
「どうすればいい、どうすればいいんだ……! 死にたくない、助けて……お父様、お母様ぁ……!」
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