第五話 死神と呼ばれる理由
数日後。薬草の件がどうしても気になったセリスティアは、散歩ついでに探してみようかと思って森に入っていた。
ニーナと、念の為一人の護衛を伴って森を散策する。
「少し奥に入っただけなのになかなかうっそうとしてるわね……」
「奥様ぁ……もう戻りませんか……?」
「そうですね。俺もこの森には詳しくありません。これ以上は危険かと」
「ええ、そうね……」
空を覆うように木々の枝が広がり、まだ昼間だというのに森の中は薄暗い。迷いそうな地形ではないが、時折雲が太陽を遮り、夕暮れのように暗くなることもあった。
薬草が気がかりだが、すっかり怯えあがったニーナが不憫なので、セリスティアも引き返すことを決めた。
その時、ガサガサッと茂みから何かが動く音がする。
「ひいぃっ! お、奥様あぶない!」
「おいっ! あぶないだろっ」
ニーナが怯えて目を瞑りながらも、懸命にセリスティアを守ろうとする。
しかし、目を瞑っているせいで転んでしまい、思わず護衛もそちらに気を取られた。
その瞬間、何か素早い生き物がうなり声をあげて飛びかかってくる。
とっさに腕で頭を守ったセリスティアだったが、なんの衝撃も襲ってこない。
代わりに耳をつんざくような断末魔が響き、恐る恐る顔をあげると──目の前に誰かの背中があった。
「あ……」
──エリアスだ。そう思ったセリスティアが声を上げるより早く、ニーナが叫び声をあげて逃げ出した。
「い、いやぁぁぁ!!」
「お、おい待て! 屋敷はそっちじゃない!」
「そこの護衛、彼女を追え」
「! ですが、奥様は……」
「こっちは俺がいれば大丈夫だ」
何が起こっているかいまだ掴めないセリスティアをよそに、いろんなことが起こっていく。
命じられた護衛は、エリアスの方を見て顔を青くした。
失礼します、と護衛がニーナを追いかけていくと、ようやくセリスティアは辺りを見回した。
エリアスの足元では魔獣がしおれたような姿で倒れていて、セリスティアを襲った魔獣をエリアスが倒したのだと分かった。
(こんな一瞬でどうやって……それより)
「エリアス様、どうしてここに……?」
「……この森は、小さいけれど魔獣がいる。こんな屋敷の近くまで出てくることはめったにないはずだが、近ごろは魔獣が活発化しているから……、っ! あぶない!」
話しているさなか、今まで潜んでいたのか、二人の真横からまた一匹の魔獣が飛び出してくる。
エリアスが魔獣に向かって手を伸ばし、魔法を出すでもなく、あろうことか素手で受け止めた。
「エリアス様っ!? 何、を……」
初めは焦っていたセリスティアの声は、次第に勢いを落としていく。
──エリアスが魔獣に触れた瞬間、まるでミイラになっていくように魔獣が力を失っていった。
うめき声のようなものをあげ、そのまま地面にボトッと落ちたのを見た。
(今のは、何……)
「俺に触れるなと言ったのは、こういうことだ。俺は無差別に触れたものの魔力を奪うから」
「──!!」
魔力は全ての人間が持っている。
一定の魔力量と資質がなければ魔法を使えないため、貴族以外は魔法を使えないことがほとんどだが、それでも魔力自体は誰でも持っている。
使えば減るし、休めばまた回復するが、一度に大量の魔力を失ってしまえば、命を落とすこともある。
(これが、彼が死神と言われる理由なのね)
無差別に、触れたものの魔力を奪う──先ほどの魔獣は魔力を一気に奪われ、ミイラのようになって絶命した。魔獣も魔力を持っているから。
誤ってエリアスに触れれば、自分もたちまち”ああなる”かもしれない、セリスティアは思わず想像してしまい、背筋が凍った。
「恐ろしいだろ?」
ハッと顔をあげると、エリアスは自嘲的な笑みを浮かべている。
何か言わなければと思う心とは裏腹に、セリスティアの口は何も言葉を紡ぐことができなかった。
「戻るぞ」
エリアスは屋敷の方へ歩き出す。
セリスティアはそのあとを黙ってついて行った。
あのあとすぐに護衛とニーナは無事に戻ってきた──しかし、2人とも屋敷を去る決断をした。
エリアスの能力を間近で見て、恐ろしく思ったそうだ。
特にニーナは、セリスティアに何度も何度も謝罪し、泣きながら葛藤を口にした。
『エリアス様が触れた瞬間、まるで植物が枯れるように魔獣が息絶えるのを見たのです……命を吸い取っているようで、私、どうしても恐ろしくて……』
エリアスはあれから一度も姿を見せていない。
使用人が突然二人辞めたのにはエリアスが関わっている、と噂が広がるのは抑えようがなく、屋敷の中も戦々恐々としている。
セリスティアの胸は、重く鉛のように沈んでいた。
(恐ろしい……確かに恐ろしいわ。でも……)
セリスティアは自分がどうするべきなのか、どうしたいのか分からなかった。
それから一週間。
セリスティアはエリアスに挨拶をしなくなった。どう接していいのか分からなかったからだ。
エリアスに誤って触れてしまえば命を落とすかもしれない。それなら今までのようになんの交流も持たずに生きていくのか。それとも、恐ろしいと感じているのなら潔くここを去るべきなのか。
答えを出せないまま過ごしていると、皇室から一通の手紙が届いた。
それは、ヴィクトールとリリアーヌの婚約記念パーティーへの招待状で、厭味ったらしくセリスティアだけで必ず来るようにと書いてあった。
皇室からの招待を断るわけにもいかず、三日後という急な日程にも合わせるしかない。
まだニーナの代わりの侍女もいないため、セリスティアは執事やメイドに準備を手伝ってもらい、一人でパーティーへ赴くことになった。
セリスティアは社交が大嫌いだ。
嘲笑と好奇の目に晒されることは、昔から変わらない。婚約破棄された今はむしろもっと酷くなっているだろう。
でも、不思議とそんなことはどうでもよかった。
エリアスとどう向き合うべきなのか、彼は一体何を考えているのか。
思考を巡らせたってまとまらないのに、そればかりを考えていたからだった。
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