第四話 似たもの同士
「ん……」
セリスティアはゆっくりと目を開ける。
(ここは……? うう、頭が痛い……)
後頭部を打ちつけて、そのまま気を失ってしまったらしい。
誰かが運んでくれたのか、セリスティアは自室で寝かされていた。
「奥様、目が覚めましたか!」
ニーナが涙目でのぞき込んでくる。
「私、なんで……」
「旦那様が大声で人をお呼びになって……アレン様と私で駆けつけたのです。書庫の扉が開いていて、見ると奥様が一人で倒れていらっしゃって……!」
「あぁ……そうだったのね」
心配そうに顔を青くするニーナの言葉を聞いて、ようやく事態が整理できた。
「きっと、旦那様と接触してしまったのですよね。何か体に異常はございませんか!? い、命を吸い取られたような感覚があったりはしますか……!?」
「違うわ! 私が驚いて勝手に転んだのよ。打った部分が痛むけど、それ以外はなんともないわ。エリアス様には何もされてない」
「そ、そうだったのですね? よかったです……」
その時、ドアの向こうでカタン、と物音がする。
「何かしら、見てきてくれる?」
「はい!」
気になってニーナにドアの向こうを確かめてもらうセリスティア。
と、そこには打ち身に効く薬と、見慣れない薬草のようなものが置いてあった。
「誰が置いて行ったのでしょう……? アレン様かしら。お医者様を呼びに行ったはずなのに」
(エリアス様だわ)
エリアスがお見舞いに来たなんて、セリスティア以外は想像もしないだろう。
真意はどうあれ、セリスティアにはさっきまでドアの前にいたのはエリアスだという確信があった。
倒れる直前にセリスティアが見たのは、目を見開き絶望に満ちた表情をするエリアスだったから。
(目の前で人が転んだというだけで、あんな顔はしないわ。あれは……自分が傷つけたと思っているのでは?)
そう思ったらいてもたってもいられず、セリスティアは起き上がり、ニーナの制止も聞かず三階へ駆けあがった。
あの表情を見て、なぜだかエリアスを放っておけないと思ってしまった。
エリアスの部屋の前まで行き、ドアを乱暴にノックする。
「エリアス様! 先ほどは失礼しました、私は大丈夫です! ドレスのすそを踏んで勝手に転んだのです! ですから……」
『出ていけ』
初めて聞いたエリアスの声は、酷く冷たかった。
『実家にでも帰るんだ。俺は最初から妻なんていらないと言っているのに……』
その声音に、胸の辺りがズンと重くなる。
ただ冷たいだけではない、ひどく不安そうな声が、倒れる前のエリアスの表情と重なった。
思えば最初から違和感があった。
死神と呼ばれる恐ろしい人物。でも屋敷で常に怯えるように隠れていたのはエリアスの方ではなかっただろうか。
ベルが鳴ったら隠れ、使用人とも顔を合わせないようずっと気を張っている。書庫でエリアスが起きた時、真っ先に『俺に触るな』と言い放った。
(死神とまで言われる事情は分からない……でも、エリアス様自身が人を傷つけることを何より怖がっているとしたら、全部のつじつまが合うわ)
そうして今も、傷つけそうになってしまってやはり、怖くなったのだろう。
遠ざけようとするのはエリアスの優しさに思えて、セリスティアは切なくなった。
「帰りません。と言うより……帰りたくありません。私、ここでの生活が好きです」
セリスティアはドアにそっと触れ、少しでも自分の想いが伝わることを祈るように額を預ける。
「こんなに穏やかな時を過ごしたのは初めてでした。私をこの屋敷においてくださって、エリアス様には感謝しているんです」
大きな期待を背負い、常に値踏みをされていた子供時代。
皇太子の婚約者としての教育で忙しくしながら、なかなか魔法が使えないことに焦りを積もらせていた学生時代。
結果が出ない努力を続け、様々な人が見限っていった、むなしさと寂しさでいっぱいだったここ数年間。
常に気を張り、孤独で、自分自身に絶望する……そんなエリアスを、セリスティアは自分と重ねていた。
「エリアス様……私はここより他に、居たい場所などございません。私をここに置いてください。そして少しでも、あなたの助けになりそうなことがあれば、なんでもお申し付けください。私はあなたが心配なのです。私と……似ているから」
少しの沈黙があってから、小さな音がドア越しに聞こえる。
なんとなく、エリアスがドアを隔てたすぐそばまで来てくれたようにセリスティアは感じた。
『分かった……出ていかなくてもいい。ただ、俺には絶対に触るな。それだけは約束してほしい』
「ええ。分かりました、ありがとうございます……エリアス様」
セリスティアが自室に戻ると、ニーナが心配そうに待っていた。
明らかにおろおろしている彼女は、セリスティアを見て何か聞くに聞けなそうにしている。
「あ、あの、奥様……」
「平気よ」
「ですが……旦那様と話されたのですか?」
「ええ。なんともないわ」
「では……どうしてそのように頭を抱えていらっしゃるのでしょう……?」
「うん、これは……気にしないでくれるかしら」
(……恥ずかしい! 冷静になると、なんて感傷的なことを言ってしまったのかしら! ううう……)
セリスティアは先ほどの自分の発言を思い出して、どうしようもない気恥しさで身がねじ切れそうになっていた。
付け入る隙をみせないため、いつも冷静でめったに自分の内面を見せないところがセリスティアにはあった。
そのため、先ほどのように体が勝手に動き、まとまりもない心の内をそのままさらけ出した経験はほどんどない。
「奥様、医者が到着しました……」
そこにちょうどアレンが医者をともなってやってくる。
不思議な雰囲気に少し戸惑ったようだが、滞りなく診察がされた。
「頭を打った際に軽く脳震盪を起こされたのでしょう。打ち身くらいで目立った外傷はございませんし、今は意識もはっきりされていますので問題ないかと」
「ありがとうございます。申し訳ございません、軽傷でわざわざ来ていただいて……」
「なんのことはございません。今後も異常を感じましたらすぐお知らせください。おや……?」
医者はふとテーブルに置かれた薬草を見る。
「これは……見たことのない薬草ですな」
「あ……やっぱり、お医者様にも分かりませんか」
「はい、この森には様々な種類の薬草が生えているとは聞いておりましたが、これはその中でもとても希少なものでしょうな。私も薬草学はかなり力を入れた方なので……せめて生えているそのままの状態が分かればもう少し種類も絞れるのですが。でも、魔法に関する薬草であることは確かです」
興味深そうに眺める医者の横で、セリスティアはなぜエリアスが薬草を置いて行ったのか気になった。
(転んだ私のために打ち身の薬を用意するのは理解できるわ……じゃあこっちの薬草は? エリアス様が死神と言われている理由と何か関係があるのかしら)
──もっとエリアスのことが知りたい。
セリスティアの胸の中に広がった想いは、無視できないものになっていった。
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