第三話 死神との邂逅
セリスティアは、薔薇を生けた花瓶を持って三階へ向かう。
三階はエリアスの生活区域であり、セリスティアも使用人も用がないかぎり立ち入らない。
掃除をしていい時間帯も決まっていて、初めと終わりに必ずエリアスの部屋まで行って声を掛けなければならないとルールが決まっている。
ちなみに、エリアスの部屋には執事長のモリス以外は入ることができないそうだ。
さらに、三階に入る際は、階段を上がってすぐのベルを鳴らす決まりになっている。
(初めはどうしてベルを鳴らすのかわからなかったけれど、エリアス様と廊下で鉢合わせないためなのね。律儀にベルの音が聞こえたら隠れているってこと?)
セリスティアもベルを鳴らし、少し経ってからエリアスの部屋へ向かう。
「エリアス様。セリスティアです……先ほどは外を見ていらしたのですか?」
『……』
「バラを摘みましたのでお裾分けにまいりました。三階からではよく見えないでしょう。近くで花を愛でるのもよいものですよ」
『……』
「廊下のボードに置いておきますから、よろしければお部屋に飾ってください」
相変わらず返事はなかったが、セリスティアは言った通りにボードに花瓶を置きその場を去った。
あとで気になって見に来ると、花瓶はなくなっていた。
それから、セリスティアは挨拶のついでなどにちょっとした雑談をするようになった。
庭に綺麗な鳥がいたとか、昨日の夕食のデザートがおいしかったとか……そして、たまに摘んだ花を届けた。
返事はないが、花はいつも気づけばなくなっている。
些細な交流だったが、セリスティアは少しだけ安心することができた。
二週間ほど経ったある昼下がり、屋敷での生活にもずいぶん慣れたセリスティアは、執事のアレンを探していた。
「あ、アレン。ちょっと聞きたいことがあるの」
「奥様、どうかされましたか」
「本を少し買い付けてもらえないかしら。魔法について……それもなるべく珍しい魔法の事例を扱ったものがいいわ」
「承知しました。新しいものも探しますが、当屋敷の書庫にも魔法の本はたくさんございます。旦那様がかなり珍しい書も集めておりましたので、まずはそちらを見ていただくのがよいかと」
「書庫は三階よね。私が入ってもいいの?」
「ええ、旦那様がいないかお確かめになればご使用になれますよ」
「わかったわ。ありがとう……ねぇ、あなたは旦那様と直接話したことはある?」
「いいえ……私は手紙や、お話してもドア越しです。この屋敷で直接旦那様と話すのは、執事長のオリバー様だけです」
「そう……オリバーさんは今、平地で療養中なのよね」
「ええ。腰を痛めただけですが……お年を召しているのもあって、旦那様が長めの療養を命じられたのです。あと1カ月ほどで戻られるかと」
(オリバーさんと旦那様はかなり信頼関係があるみたいね。気になるわ……)
ひとまず進められた通り、書庫で調べ物をすることにしたセリスティア。
(あの時見た、男爵令嬢の不思議な魔法……どうも違和感があるのよね)
通常、魔力に色はない。
ただ、半透明な光のヴェールのように、あるいは蜃気楼のように、魔力を使う際、そこに魔力の流れが確かにあるということは目に見える。魔力が多ければ白い光のようにはっきり見えることもあった。
けれども、リリアーヌがヴィクトールに魔力を渡す際、赤く光り輝いたのがはっきりと見えた。
調べてどうするつもりもないが、なんとなく気になって、セリスティアは調べてみることにしたのだった。
(それに、私に魔法が使えない理由も、何かヒントはないのかしら)
──セリスティアに物心がついた頃、ちょうど旅の途中で帝国を訪れていた大賢者がセリスティアを見てこう言った。
『この子は歴代屈指の魔力量の持ち主だ!』
その言葉にセリスティアの両親は歓喜し、幼いセリスティアの未来に期待した。ヴィクトールとの婚約が決まったのもそれから少し経った頃だった。
しかし、家庭教師に学んでも、王立学園で学んでも、セリスティアが魔法を使えることはなかった。
体の内側にある魔力は測ることができないから、魔法を使い、その威力を見ることでしか魔力の量は測れない。
(私の中に、確かに魔力がうずまく感覚はあるのに。どんなやり方を習ってもどうしても魔法が使えなかった……そのせいで、みんな大賢者の言葉は嘘だったと言うようになった)
世界中を旅している大賢者を捕まえてきて真相を確かめることもできない。
結果が出ないことで、次第に失望されていき、セリスティアは後ろ指をさされるようになったのだ。
両親はことあるごとにセリスティアを責めた。なぜまだ魔法が使えないのか、我が家の評判に泥を塗るなと。
そんなことを考えながら歩いていたせいで、セリスティアはついつい三階のベルを鳴らし損ねてしまった。
気づかず書庫まで足を進め、ドアの前ではたと立ち止まる。
(いけない、ベルを鳴らしてない……でも、廊下にはいなかったし、戻ってまで鳴らす必要もないわよね。次からはしっかり気をつけましょう)
ドアをノックし声を掛ける。
中からは物音も何もしなかったため、セリスティアはドアを開けた。
書庫は中々に広く、本の量もかなり多そうだった。
本棚が立ち並び、入り口から部屋の奥までは見渡せない。
キョロキョロとしながらなんとなく奥まで進むセリスティア。
「!!」
──そこには、ソファに寝ているエリアスの姿があった。
少し開いた窓から柔らかな風が吹き込み、レースのカーテンと、エリアスの黒い髪をわずかに揺らす。
読書の途中で眠ってしまったのか、ソファの下には読みかけの本が落ちていた。
目を閉じて胸を小さく上下させるエリアスを、セリスティアは息を呑みこんで見つめる。
「死神って、こんな綺麗な顔をしていたんだ……」
陶器のように白い肌。長く伸びた手足。通った鼻筋に、伏せられた長いまつ毛……初めて見るエリアスの姿はとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。
(死神なんて言われているから、姿も恐ろしいのかと思ってたのに……こんなに美しい方だったなんて──じゃなくて。どうしよう、鉢合わせちゃった)
エリアスと鉢合わせないための決まりはたくさんあっても、いざ会ってしまった時の対応はまったく知らない。
ひとまずこの場を去ることにしたセリスティアは気が動転していたのか、律儀に落ちた本を拾った。
寝ているエリアスの顔の横あたり、サイドテーブルに本を置くとエリアスが飛び起きる。
「誰だ! 俺に触るな!」
「! も、申し訳ございません……!」
強い口調に、思わずあとずさる。
エリアスの瞳は、ルビーのように赤く、けれどひどく冷たい印象を持っていた。
(怒らせてしまったわよね……死神とまで言われている方なのに……)
どうすればいいか分からず、また一歩あとずさったセリスティアは、動揺のあまりドレスのすそを踏んづけてしまった。
「あっ……」
「!」
そのまま後ろによろけ、セリスティアは本棚に頭を強かに打ちつける。
直後、セリスティアの視界はかすんでいった──。
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