第9話:最初の依頼、ただの人助けが神話になる
出発前日。
「実地試験を行う」
王城からの通達は、やけに軽い調子だった。
内容は――
城下町近くの森で、行方不明になった子どもの捜索。
「勇者パーティーの初任務として、適切かと」
(適切じゃない)
(森、怖い)
ユウは内心だけで全力否定した。
森の入口。
鬱蒼とした木々。細い道。暗い足元。虫の音。
完全に“出る”雰囲気だった。
「勇者殿!」
ガルドが一歩前に出る。
「進行ルートのご指示を! 我が盾、どこへでも!」
「……」
(早く終わらせたい)
「……はい」
「即断!!」
「違う怖くて固まっただけだ!」とケンジ。
「作戦を共有します」
セシルが手帳を開いた。
「迷子の児童は心理的に閉所へ――」
「……はい」
「勇者様も同意」
「聞いてなかっただけだ!!」
ケンジが即座に否定した。
森へ入る。
ユウは、ただひたすら――下を向いて歩いた。
理由は単純。
(転びたくない)
(あと怖い)
(あと帰りたい)
それだけである。
「見ろ……」
ガルドが小声で震える。
「地面と対話している……!」
「ただ下向いてるだけです」
「足音が消えている……!」
「そろそろ歩いてるだけ!!」
「気配を完全に遮断している……!」
「ビビってるだけ!!」
ケンジだけが現実を見ていた。
その時。
ユウの視界に、何かが入る。
草の中、小さく光るもの。
しゃがむ。
拾う。
木彫りのお守り。
(……落とし物?)
立ち上がる。
振り返る。
全員、息を止めていた。
「……っ」
ガルドが震える。
「痕跡……発見……!!」
「違う!!」
「停止、確認、分析……完璧だ……!」
「拾っただけだ!!」
「次は……進行方向の確定……!」
「確定してない!!」
ユウは、お守りを見た。
そして、なんとなく地面を見る。
草が少し踏まれている。
(……あっち?)
フラフラ歩き出す。
「「「……っ!!」」」
三人同時に息を呑む。
「読んだ……!」
「軌跡を……!」
「位置を……!」
「偶然だ!!」
数分後。
くぼ地。
そこに、小さな影。
膝を抱えて泣く男の子。
「こわいーーーっ!!」
第一声がそれだった。
ガルドが固まる。
「私か……?」
「お前だよ」
ユウは、そっとしゃがむ。
目線を合わせる。
聖剣を背中に回す。
何も言えない。
ただ、黙る。
「……」
男の子がユウを見る。
少し近づく。
「……この人、なんか怖くない」
(よかった)
(俺も怖かった)
ユウは、お守りを差し出す。
「……はい」
「わあああ!! ぼくの!!」
男の子が飛びつく。
「ありがとうーーっ!!」
ぎゅうっと抱きつかれる。
「……っ」
ユウ、固まる。
どうすればいいか分からない。
でも――
少しだけ、安心した。
「勇者殿……」
後ろでガルドが震えている。
「痕跡から位置を特定し……!」
「違う」
「恐怖を読み取り武装を解除し……!」
「してない」
「無言で信頼を築き……!」
「偶然だ」
「これが……英雄……!!」
「違うったら!!」
セシルが手帳を閉じる。
「記録完了」
「何を!?」
「神話の初動です」
「やめろ!!」
男の子が笑う。
「おにいちゃん、またね!」
「……はい」
「勇者さまなんでしょ?」
「……はい」
「魔王やっつけてね!」
「……はい」
「ぜったいだよ!」
「……はい」
三連続「はい」。
重い。
とても重い。
男の子が去っていく。
ユウはその背中を見た。
(……何もしてない)
(拾っただけ)
(歩いただけ)
(しゃがんだだけ)
でも。
泣いてた子は笑ってた。
それだけは、本当だった。
「勇者殿!」
ガルドが満面の笑み。
「初任務のご感想を!!」
「……」
(分からない)
(でも)
「……はい」
「深い……!」
「深くない!!」
帰り道。
「今回の行動を分析すると――」
セシルが語り出す。
「帰ろう」
ケンジが即断した。
森を抜ける。
夕焼け。
町の灯り。
「勇者殿!」
「……はい」
「明日はいよいよ旅立ちですな!」
「……はい」
(全然よくない)
「何があろうとお守りします!」
「……はい」
(それはありがたい)
「共に参りましょう!!」
「……はい」
(帰りたい)
「……ユウ」
ケンジがぼそり。
「お前、帰りたいだろ」
「……はい」
「俺もだ」
「……はい」
並んで歩く父と息子。
完全に同意だけは成立していた。
その日。
王都ではこう語られた。
「勇者は痕跡から全てを読み取り、
言葉なくして子どもの心を救った」と。
本人は。
ただ下を向いていただけである。
だが。
その結果、誰かが助かった。
それだけが――
ユウの中に、小さく残った。
(……まあ、いいか)
第9話 了




