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はい/いいえ勇者、母親が強すぎる。  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第10話:初戦闘、敵が勝手に崩れる

 子どもを無事に送り届けた帰り道。

森はすっかり夕焼けに染まっていた。

「いやぁ、本日の任務は実に見事でしたな!」

ガルドが満面の笑みで言う。

「勇者殿の追跡術、実に芸術的でした!」

「……はい」

(ただ下見てただけです)

「理論的にも非常に興味深い。再現性は皆無ですが」

「褒めてるのかそれ」とケンジ。

「……はい」

(たぶん褒めてない)

平和だった。

とても平和だった。

――その時までは。

「……止まってください」

セシルが低く言った。

一行の足が止まる。

ガルドの表情が変わる。

「来ますな」

「……はい?」

(何が)

その瞬間。

ざわっ、と森が揺れた。

一か所ではない。

左右、前方、背後。

複数。

「キシャァァァァ!!」

飛び出してきた。

牙を剥いたフォレストウルフの群れ。

十数匹。

「……っ」

ユウの思考が止まった。

(出た)

(本物だ)

(ゲームじゃないやつだ)

(牙長い)

(目赤い)

(よだれ垂れてる)

(無理)

「囲まれたか!」

ガルドが盾を構える。

「勇者殿、ご指示を!!」

「……」

(無理です)

ユウは聖剣を握ったまま――固まった。

完全に固まった。

一歩も動けない。

「……なるほど」

ガルドが低く呟く。

「動かない……」

「はい?」

ケンジが嫌な顔をする。

「敵の出方を見ている……!」

「違う硬直だ!!」

「不用意に動けば囲まれる。ゆえに静止……!」

「膝が笑ってるだけだ!!」

セシルも頷く。

「極めて合理的です。情報収集の初動」

「収集してない!!」

その間にも、狼たちは動く。

円を描くように囲み、低く唸る。

そして――

地面が、赤く光り始めた。

「まずいな」

セシルが眉を寄せる。

「強化術式の陣です。この中では速度が三倍になる」

「三倍!?」

ケンジが叫ぶ。

「終わっただろそれ!!」

「……しかし」

セシルがユウを見る。

「勇者様は動かない」

「動けないだけだ!!」

「つまり……“まだその時ではない”」

「言ってない!!」

(誰か助けて)

(お父さん)

(本気で)

「ユウ! 逃げるぞ!!」

ケンジが腕を掴もうとした、その瞬間。

ユウの手が震えた。

限界だった。

恐怖で。

完全に。

つるっ。

「あ」

聖剣が、手から滑った。

ガキィィィィィィィン!!

聖剣が地面に突き刺さる。

その場所は――

ちょうど、泥に隠れていた魔法陣の中心。

ビシィッ!!

光が走る。

ひびが入る。

砕ける。

「……っ!?」

セシルの目が見開かれる。

「術式核……破壊……!?」

次の瞬間。

狼たちの体から赤い光が消えた。

「ギャウン!?」

「グッ……!?」

動きが鈍る。

明らかに弱体化した。

「今だ!!」

ガルドが突撃。

一撃で一体吹き飛ばす。

「え、弱っ!!」

ケンジが素で言った。

「終わりです」

セシルの魔法が炸裂。

残りも一瞬で片付いた。

戦闘終了。

時間、約三十秒。

「……」

「……」

「……」

ユウは。

ずっと固まっていた。

(落とした)

(完全に落とした)

(怒られるやつだ)

(王様の剣)

(初戦闘)

(落とした)

「……勇者殿」

ガルドが震える声で言う。

「最初から……術式だけを……?」

「違う」

ケンジ即答。

「敵の強化を解除し、我々に任せる……完璧な判断……!」

「違う!!」

セシルが静かに言う。

「剣を“落とす”ことで不意を突きつつ核を破壊……脱力の一撃……」

「事故だ!!」

「……はい」

ユウが小さく頷く。

「やはり……!!」

「やはりじゃない!!」

ガルドが膝をつく。

「我が未熟、恥じ入ります! 私はただ斬ることしか考えていなかった……!」

「普通それでいい!!」

セシルが手帳を走らせる。

「初戦闘にして最適解。記録価値は極めて高い」

「消せその記録!!」

ユウは、震える手で聖剣を拾った。

まだ少し手が震えている。

(怖かった)

(めちゃくちゃ怖かった)

(でも終わった)

(よかった)

その時。

ひらり、と紙が舞った。

「……ん?」

ケンジが拾う。

封を見て、固まる。

「……ユウ」

「……はい」

「これ、母さんからだ」

嫌な予感しかしなかった。

開封。

読み上げる。

『ユウへ。

そろそろ初戦闘かしら。

もし魔物に囲まれたら、足元の影にある「強化核」を壊しなさい。

剣を振るのが怖ければ、落とすだけでも十分よ。

夕飯までには帰りなさい。

母より』

「……」

「……」

「……」

全員、ゆっくりユウを見る。

「……勇者殿」

ガルドが震える。

「事前に……ご存知だった……?」

「違う!!」

セシルが真顔で言う。

「未来予測……いえ、確定事象の共有……?」

ケンジが空を見上げた。

「……ミツキ」

遠い目だった。

「お前、どこまで見えてるんだ……」

ユウは手紙を見た。

(怖い)

(これが一番怖い)

(戦闘より怖い)

「……はい」

「やはり……!」

「もういい!!」

森を抜ける。

夜が近づいていた。

「勇者殿!」

ガルドが笑う。

「初戦闘、大勝利ですな!!」

「……はい」

(落としただけです)

「見事な戦術でした」

「……はい」

(震えてただけです)

「今後も期待できます」

「……はい」

(無理です)

ケンジがぼそり。

「……ユウ」

「……はい」

「お前、戦いたくないだろ」

「……はい」

「だよな」

「……はい」

完全一致だった。

その夜。

王都ではこう語られた。

「勇者は初戦にて、敵の強化核のみを正確に破壊し、

 無駄な戦闘を一切行わなかった」

本人は。

ただ手を滑らせただけである。

だが。

仲間は無事だった。

敵は倒れた。

そして。

母の手紙は、すべて当たった。

(……帰りたい)

第10話 了

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