第11話:母からの仕送りがチートすぎる
王都を出て、三日目。
街道の脇で、ユウたちは簡単な休憩を取っていた。
乾いた風が吹き、草がざわざわと揺れている。
「いやー、平和だな」 ケンジが大きく伸びをする。 「魔物も出ないし、事件も起きないし、普通の旅って感じ――」
その時だった。
ドドドドドドドドッ!!
後方から、とんでもない速度で馬が突っ込んできた。
「ユウ・アサギリ様ぁぁぁ!! お荷物でございます!!」
「……え?」
止まる。 土煙。 汗だくの伝令。 そして――
荷台に積まれた、木箱三つ。
「……多くない?」 ケンジが真顔で言った。
開封。
沈黙。
全員、無言。
中身は――
干し肉。
薬草。
包帯。
保存食。
火打ち石。
替えの靴紐。
虫よけ。
裁縫セット。
非常用資金。
そして――
一番上に鎮座する、
クマの刺繍入りパンツ。
「……………………」
空気が死んだ。
「おおおおお!!」 ガルドが感動した。 「なんと神々しい……! この愛らしき獣の紋章……! 勇者の血筋にのみ許された守護の刻印……!!」
「ただのパンツだ!!」 ケンジが即座に叩き落とす。 「なんで旅の最初に黒歴史が公開されるんだよ!!」
ユウは音速で回収し、袋の奥に封印した。
顔は真っ白である。
「……こちらをご覧ください」
セシルが、もう一つの同梱物を持ち上げた。
分厚いノート。
表紙には、整った字でこう書かれている。
『旅のしおり(完全版)』
「嫌な予感しかしない」 ケンジが即答した。
ユウは一瞬だけ拒否しようとしたが――
「……はい」
渡した。
セシルが開く。
ぺらり。
「……これは」
めくる。
「……すごいですね」
さらにめくる。
「……怖いですね」
「どっちだよ!!」 ケンジがツッコむ。
セシルが読み上げる。
「『三日後に通る嘆きの橋は崩落します。五百メートル上流の浅瀬を渡ってください』」
「予定扱い!?」
「『ウォルム村の宿屋「眠れる熊亭」。二階東側の部屋が最適。宿主ハロルドは干し魚の話題で機嫌が良くなります』」
「攻略サイトかよ!!」
「『同行者情報:ガルドは高タンパク低脂質を好む。セシルは集中すると瞬きを忘れるので目薬を定期投与。ケンジは塩分で機嫌回復』」
「なんで俺の扱い雑なんだよ!!」
ガルドが震えていた。
「私の筋肉事情まで……把握されている……!」
セシルも震えていた。
「……観察精度が異常です。これ、もう人格解析の域です」
「怖いだろ普通に!!」 ケンジが叫ぶ。
ユウは静かにうなずいた。
「……はい」
そして、運命の三日後。
目の前にあるのは――
頑丈そうな石橋。
「……これが、崩れると」 ガルドが腕を組む。
「崩れません」 ケンジが即答。
「……しかし」 セシルがノートを見る。 「記述は断定です」
「断定やめろ!!」
全員がユウを見る。
「……」
ユウは、静かに首を横に振った。
「……いいえ」
「迂回ですね」 セシルが即断。
「お前も!?」
三十分後。
ドォォォン!!!
振り返る。
橋が、
消えていた。
「……」 「……」 「……」
「崩れた……」 ガルドが呟く。
「崩れましたね」 セシルが記録する。
「崩れたな……」 ケンジが遠い目。
「……はい」 ユウ、静かに同意。
その夜。
焚き火。
全員、無言。
「……なあ」 ケンジが口を開く。 「これさ、未来予測とかそういうレベルじゃないよな」
「ええ」 セシルが頷く。 「確率操作……いえ、因果干渉……いえ――」
ガルドが言った。
「神の啓示……」
「違う」 ケンジが即答した。
間。
「……母親だ」
「それが一番怖い!!」 全員一致。
ユウ、静かに頷く。
「……はい」
さらに数日後。
ガルドが咳をしていた。
「問題ない……」 と言いながら明らかに辛そう。
セシルがノートを見る。
「……七日目に赤い葉の薬草を使用、と」
「理由書けよ!!」 ケンジ。
ユウ、無言で薬草を差し出す。
「……」
ガルド、飲む。
一時間後。
「……治った」
「怖い怖い怖い!!」 ケンジが頭を抱える。
そして極めつけ。
最終ページ。
セシルが読み上げる。
「『追伸:二週間後、ユウは少しお腹を壊します。今のうちにこの胃薬を飲んでください』」
「未来の腹痛を予約するな!!」
ユウは固まった。
ゆっくりと、
薬を見て、
空を見て、
また薬を見た。
「……」
静かに、飲んだ。
「受け入れるな!!」 ケンジ絶叫。
翌朝。
出発前。
「次の町についての記述は?」 ガルドが聞く。
セシルが開く。
「『屋台の左から三番目は食べないでください。お腹を壊します。四番目は美味しいです』」
「もう逆らえねえな」 ケンジが諦めた。
ユウ、頷く。
「……はい」
誰も、逆らわなかった。
逆らえなかった。
なぜなら――
全部、当たるからだ。
焚き火の残り火が消える頃。
ガルドがぽつりと言った。
「母上殿は……何者なのですか」
ケンジが答える。
「普通の母親だ」
「普通……?」
「普通だ」
「橋を落とすのが?」
「普通だ」
「未来の腹痛を決めるのが?」
「普通だ」
「……」
ケンジ、少し考える。
「……やっぱ普通じゃないな」
「ええ」 セシルが頷く。
ユウも、小さく。
「……はい」
世界が母に従っているのか。
母が世界を書いているのか。
その答えは――
誰にも分からない。
ただ一つ、確かなことは。
この旅はもう、
「勇者の冒険」ではなく――
母の手のひらの上で転がる攻略ルートだということだった。
ユウは思った。
(……お母さん、怖い)
それだけだった。
第11話 了




