第8話:最初の仲間、勝手に加入する
王都四日目。
旅立ちは、明日に迫っていた。
準備は万端――らしい。
ユウ以外は。
王城の廊下。
「食料は三日分追加で」「いえ五日分で」「保存魔法も併用します」
「ルートは南回りが安全かと」「魔物の分布的には北西も――」
大人たちが勝手に話を進めている。
ユウは椅子に座って、それを眺めていた。
(……俺、いる?)
いなくても成立している気がした。
「勇者殿!!」
廊下に、爆音が響いた。
「っ……ひゃい!?」
ユウが飛び上がる。
振り向くと、そこにいたのは――
でかい。
とにかくでかい。
身長二メートル近い、筋肉の塊。
鎧が似合いすぎて、逆に怖い。
「我が名はガルド・ヴァレン! 近衛騎士団所属であります!!」
胸に拳を当て、ビシィッと敬礼。
目がキラキラしていた。
大型犬みたいに。
(怖い)
(でもいい人そうなのが余計に怖い)
「勇者殿の偉業、しかと拝見いたしました!!」
(何を)
「どうかこの命、あなたに捧げさせてください!!」
(いらない)
「お供させていただきたい!!」
(断りたい)
「許可を!!」
(断り方が分からない)
沈黙、二秒。
ユウの口が、勝手に動いた。
「…………はい」
反射だった。
完全に防衛本能だった。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
廊下が揺れた。
「認められたあああああああああ!!!」
ガルドが天を仰ぐ。
「今の『はい』……! 私の全てを見抜いた上で、それでもなお受け入れるという慈悲!!」
「違う!!」
ケンジが即座に割り込んだ。
「今のはただの反射だ! こいつは怖い相手にはとりあえず『はい』って言うんだよ!!」
「お父上……!」
ガルドが感動した顔で振り向く。
「息子殿の偉大さを隠すため、そこまで……!」
「隠してない! 暴露してる!!」
「改めて!」
ガルドが再びユウに向き直る。
「この命、預けてもよろしいか!!」
「……」
(よくない)
(すごく重そう)
(命とか責任とか重い)
「……いいえ」
ちゃんと否定した。
はっきり言った。
今度こそ大丈夫。
「……なるほど!!」
大丈夫じゃなかった。
「軽々しく仲間を認めぬ厳格な姿勢……! さすがは勇者殿!!」
「違う!!」
ケンジが頭を抱える。
「今のは普通に断った『いいえ』だ!! 深い意味は一切ない!!」
「ならば!」
ガルドが拳を握る。
「実力をお見せします!!」
「そういう話じゃない!!」
「……実に興味深い」
その時。
廊下の影から、静かな声がした。
細身の青年が現れる。
銀髪、眼鏡、整った顔。
そして――目が怖い。
「セシル・ノクス。王城付き魔導士です」
「……はい」
(また反射した)
「勇者様の噂は、聞いております」
「……はい?」
「言葉を削ぎ落とし、沈黙で周囲を導く――」
(導いてない)
「先ほどの『はい』も観測しました」
(やめて)
「非常に高い再現性を持つ反応です」
(実験扱いされてる)
セシルは手帳に何かを書き込む。
「質問です。あなたの沈黙は意図的なものですか?」
「……」
(違います)
(出ないだけです)
沈黙、五秒。
「……なるほど」
セシルが頷いた。
「"答えること自体が無意味"という結論に至っている」
「違う!!」
ケンジが叫ぶ。
「今のは詰まっただけだ!! この子はコミュ障なんだ!!」
「お父上」
セシルが静かに言う。
「勇者様は否定されましたか?」
「……」
全員の視線がユウに集まる。
ユウは固まった。
(否定したい)
(でもタイミングが分からない)
(今言うと変になる)
「……」
沈黙。
「つまり」
セシルが結論を出す。
「肯定、ということですね」
「違うって言ってるだろ!!」
「では」
セシルがユウを見る。
「同行させていただけますか」
「……いいえ」
よし、言えた。
今度こそ通じる。
「理由は?」
「……」
(怖いからです)
(知らない人だからです)
(これ以上増えると無理です)
言えない。
沈黙。
「……なるほど」
セシルが頷いた。
「理由を語る必要すらない、と」
「あるよ!!」
ケンジが叫ぶ。
「めちゃくちゃあるよ!!」
「では同行します」
「決めた!?!?」
「いいじゃない」
ミツキがいつの間にか現れていた。
紅茶を飲んでいる。
「盾役と頭脳役、バランスがいいわ」
「よくない!!」
ケンジが振り向く。
「全員ユウを深読みするタイプだぞ!?」
「それでいいの」
ミツキが微笑む。
「ユウが言葉にできないことを、周りが補うのよ」
「補ってない! 暴走してる!!」
「似たようなものよ」
「全然違う!!」
「……」
ユウは三人を見た。
筋肉。
研究者。
母。
逃げ場がない。
完全にない。
「……はい」
「「「おおおおおお!!」」」
三方向から歓声。
「勇者パーティー、結成だ!!」
ガルドがユウの肩を叩く。
ゴンッ。
(魂が出た)
「観測対象が増えましたね」
セシルが満足げに頷く。
「頑張りなさい、ユウ」
ミツキが微笑む。
「……終わった」
ケンジが膝から崩れ落ちた。
「なんでこんな濃いのばっかり集まるんだ……」
その夜。
ユウは窓の外を見ていた。
庭ではガルドが素振りをしている。
たまにこちらを見て、にこっと笑う。
廊下の影にはセシルがいる。
何かを記録している。
たまにこちらを見て、頷く。
(増えた)
(確実に増えた)
(しかも全員、怖い方向で)
「ユウ」
ミツキの声。
「明日、出発よ」
「……はい」
「準備は?」
一瞬の間。
「……いいえ」
「そう。でも大丈夫」
(大丈夫じゃない)
「……はい」
「ユウ」
ケンジが隣に座る。
「……はい」
「すまん」
「……はい?」
「もう止められない」
「……はい」
「頑張れ」
「……はい」
沈黙。
それだけだった。
(……帰りたい)
こうしてユウは、
一言も望んでいないのに、
一言で認めたことにされ、
一切納得していないのに、
最強に濃い仲間たちと共に――
旅立つことになった。
第8話 了




