第7話:姫が『勇者の通訳』を始めてしまう
王都滞在、三日目。
ユウは、王城の中庭にいた。
——いや、正確には。
(逃げ場が、ない)
囲まれていた。
前方に王女レティシア。
左右に侍女。
背後に騎士。
完全包囲である。
「勇者様」
レティシアが微笑む。
金の髪が風に揺れ、青い瞳がまっすぐユウを射抜く。
「少し、お話しできますか?」
「……はい」
反射だった。
完全なる反射だった。
「まあ……!」
レティシアの表情が、ぱっと華やぐ。
「即答……迷いなき受諾。やはり率直なお方なのですね」
(違います。逃げられなかっただけです)
ユウは心の中で全力否定したが、当然届かない。
レティシアは優雅に腰掛け、ユウの向かいに座る。
「実は、以前から気になっていたのです」
「……」
「勇者様は、なぜ言葉を絞られるのですか?」
「……」
(出ないだけです)
沈黙。
三秒。
五秒。
「……やはり」
レティシアが静かに頷いた。
「言葉とは、本来重いもの。軽々しく使うべきではない——そうお考えなのですね」
(違います)
「……はい」
「まあ……!」
キラキラ。
(なんで肯定したんだ今)
ユウは自分の口を呪った。
「私も同感です」
レティシアは胸に手を当てる。
「王女という立場上、多くを語ることを求められますが……言葉が多いほど、本質がぼやけることもある」
「……」
「勇者様の沈黙は、それを教えてくださっているのですね」
(教えてないです)
そのとき。
「ユウ!!」
ケンジが駆け込んできた。
「無事か!? まだ喋らされてないか!?」
「……はい」
「それは無事じゃない!」
レティシアが、くるりとケンジを見る。
「お父上」
「はい!?」
「今の勇者様の『はい』、聞こえましたか?」
「聞こえたけど内容がおかしいんだよ!」
「ええ。“現状を受け入れつつも、内心では別の選択肢を模索している”——そういう意味ですね」
「違う!!ただの返事!!」
ケンジの叫びが中庭に響く。
しかし。
侍女たちが感嘆の息を漏らす。
「……深い」 「なんと多層的な意味……」
(どこが)
ユウは遠い目をした。
レティシアはさらに身を乗り出す。
「では、もう一つ」
「……」
「先日の聖剣の件——あの『いいえ』」
「……はい?」
「“この程度で試すな”という、王への無言の諫言だったのでは?」
「……いいえ」
即答だった。
珍しく。
はっきりと。
「まあ……!」
レティシアが目を見開く。
「否定……! つまり、それすら表層に過ぎないと……?」
「違う!!完全に違う!!」
ケンジが即座に割り込む。
「今のは『違います』って意味の否定だから!! 深読みしないで!!」
「ふふ」
レティシアは微笑む。
「お父上は、最後まで勇者様の真意を守ろうとされるのですね」
「守ってない!暴走を止めてるんだよ!」
「その愛情、見事です」
「話が通じない!!」
その時。
「まあ、楽しそうですこと」
優雅な声が割り込んだ。
ミツキである。
ユウとケンジが同時に固まる。
(最悪の増援来た)
「レティシア様、お世話になっております」
「いえ、とんでもありません。ミツキ様」
レティシアが深く一礼する。
「勇者様の“静寂の意味”を、少しずつ理解できるようになってきました」
「ええ、分かりますわ」
ミツキは微笑む。
「今この子は、“風の流れが変わった。情勢にも変化がある”と申しています」
「まあ……! 私は“穏やかな時間を尊びたい”という意味かと……!」
「どちらも正しいですわね」
「「……っ!!」」
ユウとケンジが同時に絶望した。
上書きされた。
解釈が、さらに進化した。
「ユウ様は本当に奥深い……」
「ええ、この子は昔からそうなんです」
「やめろ!!」
ケンジが割って入る。
「こいつ今、風とか情勢とか一切考えてない! ただぼーっとしてるだけだ!」
「ケンジさん」
ミツキが静かに言う。
「ユウが今あなたを無視しているのは、“無粋な真実は語るに値しない”という配慮よ」
「違う!!処理が追いついてないだけ!!」
「……はい」
ユウが小さく頷いた。
「ほら!!」
ミツキとレティシアの声が重なる。
「「この包容力……!」」
(違うって言ってるのに)
言ってないけど。
言えないけど。
その後——
中庭を通りかかった貴族たちが、その光景を見てざわめいた。
「見ろ……勇者様と王女殿下だ」 「なんと高次元の対話……」 「言葉は最小、理解は最大……!」
「“勇者語”だ……」
(出た)
ユウは空を見上げた。
「勇者語とは何か」
誰かが語り出す。
「それは魂で交わす言語」 「沈黙こそが最大の意思表示」 「聞く者の器によって意味が変わるという……」
(ただの返事なんだけど)
その日の夕方。
城内ではすでに噂が広がっていた。
「勇者様は多くを語らないらしい」 「だが、その一言には無数の意味が込められているとか」 「沈黙の中にこそ真理がある、と……」
廊下を歩くユウに、視線が集まる。
尊敬と、畏怖と、勘違いが混ざった視線。
(……何も言ってないのに)
(なんでこうなるの)
そのとき。
「勇者様」
振り返ると、レティシアがいた。
「また、お話しできますか?」
「……」
逃げ場、なし。
「……はい」
「まあ……!」
また輝く笑顔。
(増えた)
(解釈者が増えた)
(母だけでも地獄だったのに)
「楽しみにしております」
レティシアは優雅に去っていく。
残されたユウとケンジ。
しばらく沈黙。
「……ユウ」
「……はい」
「増えたな」
「……はい」
「お母さんタイプ」
「……はい」
ケンジは天を仰いだ。
「詰みだな」
「……はい」
その一言だけが、やけに重かった。
——こうして。
ユウ・アサギリは。
「何も言っていないのに理解される」という新たな地獄に、足を踏み入れたのだった。
第7話 了




