第6話:銅の剣を断ったら、聖剣が出てきた
王都、二日目。
ユウは再び、あの広すぎる謁見の間に立たされていた。
(またここ……)
昨日より人は少ない。だが、それでも十分に多い。
国王、側近、騎士団長、数名の貴族。そして——柱の影に、王女レティシア。
(また見てる……)
視線を感じる。逃げ場はない。
「勇者候補ユウ・アサギリよ」
国王が、ゆっくりと立ち上がる。
「本日は、汝に旅立ちの装備を授ける」
騎士団長が前に出た。
両手で大事そうに抱えているのは、布に包まれた長い物体。
ゆっくりと布が解かれる。
現れたのは——一本の剣。
「……」
ユウは見た。
もう一度見た。
三度見た。
(……銅だ)
鈍い光。地味な装飾。どう見ても、銅。
(……銅?)
(勇者に?)
(銅?)
「これは代々、勇者に授けられてきた剣である」
国王が厳かに言う。
(代々の勇者、これで戦ってたの?)
(絶対ウソでしょ)
(初戦で折れるでしょ)
(死ぬでしょ)
「受け取るがよい」
騎士団長が、恭しく差し出す。
ユウの手は——動かなかった。
(無理)
(これ持って魔王とか、無理)
(どう考えても装備ガチャ外れ)
(死ぬ)
生存本能が、全力で拒否した。
「……いいえ」
ぽつり、と。
震えた声が、謁見の間に落ちた。
——凍結。
空気が、一瞬で止まった。
騎士団長の手が止まる。
側近が固まる。
国王の眉が、ぴくりと動く。
「……今、なんと申した?」
低い声。
(あ、終わった)
ユウの顔色が、昨日以上に白くなった。
「不要だと?」
「……っ」
言い直せない。喉が閉じた。
その瞬間——
「陛下」
ミツキが、すっと一歩前に出た。
全員の視線が、彼女に集まる。
「この子は——“そのような見せかけで試すな”と申しております」
沈黙。
一段、温度が下がった。
「……見せかけ?」
国王がゆっくり繰り返す。
「ええ」
ミツキは微笑む。
「勇者にふさわしいのは、本質を見抜く眼。この子は、それをお持ちです」
「……」
「つまり——その剣。本当に、それだけのものですか?」
ざわっ——
謁見の間が揺れた。
「なるほど……!」 「王の試練を看破したか……!」 「最初から見抜いていたのか……!」
「違う違う違う!!」
ケンジが割って入る。
「ただ見た目が不安だっただけです! 安そうだったからです! すごい浅い理由です!!」
「……黙っていなさい」
ミツキが小声で言う。
「今、最高にいい流れよ」
「どこが!?」
国王は剣を見つめた。
しばしの沈黙。
「……騎士団長」
「はっ」
「その剣——柄を叩いてみよ」
「は?」
騎士団長が困惑する。
「叩け」
「は、はっ」
こつ。
何も起きない。
「もう一度」
こつ、こつ。
——ぱきり。
「……っ?」
小さな音。
剣の根元に、ひびが入った。
「……おい」
ぱら……ぱら……
銅の表面が、剥がれ落ちる。
「……え」
剣が、変わっていく。
鈍い銅色が崩れ、その下から——
眩い白銀の光。
空気が震えた。
「こ、これは……」
騎士団長の声が、震える。
「聖剣……!」
「なに!?」
「聖剣だと!?」
「銅の皮が偽装だったのか!?」
「勇者が見抜いたのか!?」
謁見の間、大爆発。
「見抜いてないです!!」
ケンジが絶叫した。
「ただの見た目判断です!! 中身とか一切考えてないです!!」
「なんと……」 「そこまで見抜きながら、この謙虚さ……!」
「違う意味で浅いんだって!!」
「勇者候補よ」
国王が、ゆっくりとユウを見る。
「最初から……分かっていたのか?」
(分かるわけない)
(今も意味わからない)
(怖い)
ユウの口が、勝手に動いた。
「……はい?」
疑問形だった。
完全に疑問形だった。
「……っ!!」
「今の"はい"……!」 「肯定……!」 「やはり見えていたのか……!!」
「疑問符ついてたでしょ今!!」
ケンジが床を叩いた。
「語尾聞いて!! 日本語!!」
誰も聞いていなかった。
ミツキが聖剣を受け取り、ユウに差し出す。
「ほら、ユウ」
「……はい」
受け取る。
ずしり、と重い。
(重い)
(物理的にも精神的にも)
(なんでしっくり来るの)
(やめて)
剣は静かに光っていた。
「勇者候補……いや」
国王が、深く息を吐く。
「勇者よ」
どよめき。
「おおおお!!」 「ついに認められた!!」 「真の勇者だ!!」
「やめてください!!」
ケンジが叫ぶ。
もう遅い。
完全に遅い。
その様子を——レティシアが見ていた。
(……やっぱり)
彼女は静かに思う。
(あの人、分かってない)
でも——
(結果だけは、全部当たってる)
聖剣を引き当てた。
事実として。
(偶然?)
(それとも……)
レティシアは首を傾げる。
(……この人、何?)
ユウは聖剣を見ていた。
困った顔で。
(帰りたい)
(なんでこうなるの)
(銅の剣でよかったのに)
(むしろ銅の方が安心だったのに)
(なんで進化したの)
謁見が終わり、廊下。
ユウは壁にもたれた。
「……」
聖剣が重い。
いろんな意味で。
「よかったわね」
ミツキが満足げに言う。
「……はい」
「完璧だったわ」
(何が)
「……いいえ」
「そう?」
ケンジが近づいてきた。
「……ユウ」
「……はい」
「その剣」
少し間を置いて。
「重いか?」
ユウは、少しだけ考えて。
「……はい」
ケンジは頷いた。
何も言わず、ユウの頭に手を乗せる。
ぽん、と。
「……」
「……」
会話はなかった。
でも、その沈黙だけは——
今までで一番、まともなやり取りだった。
ユウは聖剣を抱えたまま、ぼんやりと思った。
(……薪割りに戻りたい)
その願いは、今日も誰にも届かなかった。
第6話 了




