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はい/いいえ勇者、母親が強すぎる。  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第3話 村人たちは『沈黙』を深読みする

出発当日の朝は、やかましかった。

アサギリ家の前に、人がいた。

一人ではなかった。

二人でもなかった。

どこからともなく集まった村人が、気づけば十数人になっていた。

しかも全員、なんとなく「見送りに来ました」という顔をしている。

ユウ・アサギリは、旅荷物を背負ったまま玄関先で固まっていた。

「なんで……こんなに……」

ようやく絞り出した声に、ミツキが横から穏やかに答える。

「村長さんが昨日のうちに回覧したんですって」 「何を……」 「うちの子が勇者候補として王都へ向かうって」 「なんで広める……」 「嬉しいじゃない」 「……」

嬉しくない、とユウは思った。

当然、言えなかった。

「おい、見たか……」 「見た見た……」 「ただ黙って立ってるだけなのに、なんという圧だ……」 「昨日まで薪割ってた子とは思えん……」 「もはや風格が王都の騎士団長クラスだぞ……」

ひそひそ声が、普通に聞こえる距離で飛んでくる。

(……ただ、人が多すぎて固まってるだけなんだけど)

ユウの背中に、じわりと冷たい汗が流れた。

その横では、父ケンジがすでに必死だった。

「みんな落ち着け! 勘違いするな!」 と、両手を振り回す。 「ユウはただの人見知りだ! 今も挨拶しようとして喉が癒着してるだけなんだよ!」

「ハッハッハ、謙遜なさる」 「父上はお優しい」 「息子を驕らせないための配慮か……」

「違う! 本気でビビってるだけなんだって!!」

父の叫びは、見事に“美談の補強”として吸収された。

この村は、たぶんもうだめだった。

「ユウくん! いってらっしゃい!」

パン屋のおかみさんが、満面の笑みで手を振る。

「……はい」

「立派になって帰ってきてね!」

「……はい」

「勇者様になって帰ってくるのよ!」

「……はい」

三回連続で「はい」と答えたユウを見て、おかみさんが目を潤ませた。

「……三度繰り返すなんて、よほどの覚悟ね……!」 「覚悟じゃないです」 とケンジが即座に言った。 「あれは緊張して他の言葉が出ないやつです」 「まあ、謙虚な父上ですこと」 「謙虚じゃなくて事実なんだよ!」

続いて、鍛冶屋のおじさんが前に出てきた。

腕が太い。

声も太い。

顔もなんとなく鉄っぽい。

「ユウよ」

ごとん、と木箱が差し出される。

「これを持っていけ」

中には、短剣が一本入っていた。

刃こぼれもなく、よく手入れされている。柄も握りやすそうだった。

「俺が打った中で一番の出来だ。お前に持たせたい」

ユウは、短剣を受け取った。

何か言わなければ、と思う。

ありがとうございます、とか。

大切にします、とか。

そういう普通のことを、普通に言えればよかった。

でも、喉が固まった。

気まずい。

ありがたい。

でも人に見られている。

なんかもう全部無理だった。

結果、ユウはただ短剣を胸に引き寄せて、深く頭を下げた。

一言も発さないまま。

「……っ」

鍛冶屋のおじさんが、目を赤くした。

「言葉もいらんか……」 「違います言葉はあります」 とケンジが即座に言った。 「言いたいことはあるはずです。ただ出てこないだけです」 「そうだな……。剣がある、それだけでいい……」 「違うって!!」 「お前みたいな若者が、この村から出るんだな……」 「話が進むの早いな!?」

村人たちが、しみじみと頷いていた。

ユウは短剣を見下ろした。

ありがたかった。

それは本当だ。

ただ、そのありがたさをうまく人に返せないことが、少しだけ苦しかった。

そこへ、子どもたちが駆けてきた。

五、六歳くらいの男の子が、ユウの前でぴたりと止まる。

上目遣いで、きらきらした目を向けてきた。

「ユウにいちゃん」 「……はい?」 「まおうって、こわいの?」

村中が、静まり返った。

やめてほしい、と思った。

そういう質問が一番困る。

怖い。

正直、すごく怖い。

会ったこともないのに、名前だけで怖い。

でも、「怖い」と答えるのも違う気がした。

「怖くない」は完全に嘘だ。

「分からない」もなんだか情けない。

何より——

こんなに見られている状態で、言葉が出るわけがなかった。

「…………」

黙った。

五秒。

十秒。

十五秒。

誰も何も言わない。

男の子が、固唾を飲んでいる。

村人たちも、固唾を飲んでいる。

なぜかケンジだけが「うわあ……」という顔をしている。

そしてついに、村長が震える声で言った。

「……答えを、口にするまでもないということか……!」

どよめきが起きた。

「そうか……! 魔王など恐るるに足らず、と……!」 「問いに答えることすら、今の彼には不要……!」 「すでに勝敗が見えている者の沈黙……!」 「違います!!」 ケンジが叫んだ。 「今のはただ困って黙っただけです! 俺には分かる! あれは『どう答えればいいか分からなくてフリーズした顔』です! 十七年見てきたから分かる!!」

「父上は本当に謙虚ですなあ」 「謙虚じゃなくて正確なんだ!!」

男の子が、ユウの袖をちょんと引っ張った。

「にいちゃん、こわくないの?」

ユウは、しゃがんで目線を合わせた。

何か言おうとした。

喉が震えた。

でもやっぱり言葉は出なかった。

「……」

また、黙った。

その代わりに、少しだけ頭を横に振る。

男の子の顔が、ぱあっと明るくなる。

「つよい!」

その無垢な一言に、ユウは少しだけ目を瞬いた。

違う。

全然強くない。

ただ、子どもを不安にさせる言葉を言えなかっただけだ。

それでも、期待に満ちたその顔を前にすると、

否定することもできなかった。

「…………はい」

そう答えるしかなかった。

「おお……!」 「出たぞ……!」 「迷いのない“はい”だ……!」 「子どもを安心させるための、たった二文字……!」 「そんな種類ある!?」 ケンジがうなだれた。

見送りは、まだ続く。

そのとき、村の端の方から、一匹の犬が歩いてきた。

茶色い中型犬。

村の誰かが飼っている犬で、普段はおとなしい。

名前はたしか、ガウだった気がする。

その犬が、ユウの前で立ち止まる。

じっと見てくる。

ユウも、なんとなく見返す。

三秒後。

「ワンッ!!」

「っ!?」

ユウは反射的に、半歩後ろへ飛び退いた。

肩が跳ね、腰が引ける。

完全にびっくりしただけの動きだった。

だが、それを見た村人たちの反応は違った。

「……っ、今の見たか!?」 「見た!」 「犬が吠えるより先に、もう動いていたぞ!」 「殺気を察知したのか!?」 「完璧な重心移動だ……!」 「ビクッとしただけです!!」 ケンジが叫ぶ。 「あれは犬にびっくりしただけ! うちの息子は昔ちょっと追いかけられて、今でも犬が少し苦手で——」

「そうね」 ミツキが涼しい顔で頷いた。 「敵意の初動を察知して、被弾角度を消すために重心を逃がしたのね。さすがユウだわ」 「そんな高等技術じゃない!!」 「しかも顔色が白い……」 と、村の自警団長が呟く。 「緊張ではない。あれは集中の色だ……」 「違う違う違う、ただ心臓が止まりかけただけだよ!!」

当の犬はというと、ユウの手をぺろりと舐めて、のんびり尻尾を振った。

「見ろ……」 村長が低い声で言う。 「動物には分かるんじゃよ。本物というものが」 「たぶん干し肉の匂いです!!」 「黙れケンジ、今いい雰囲気なんだ」 「村長まで雑に乗るな!!」

ユウは、遠い目で犬を見送った。

(俺は今、犬にびっくりしただけなのに)

(なぜ拍手が起きているのか)

本当に分からなかった。

「ユウ! いってらっしゃい!」 「勇者様、ご武運を!」 「王都でも頑張れよ!」 「帰ってきたら話を聞かせてください!」

「……はい」 「……はい」 「……はい」

返事をするたび、歓声が上がった。

もはや何をやっても手遅れだった。

ミツキは荷物を確認しながら、満足そうに微笑んでいる。

「ね、大丈夫でしょう」 「何が大丈夫なんだよ……」 ケンジが疲れ果てた顔で言った。 「あいつは何もしてない。犬にびっくりして、黙って、頷いただけだ」 「それで十分だったじゃない」 「十分じゃないんだよ。“十分だった”と周りが勝手に判断してるだけで——」 「それが大事なのよ」

ミツキは、静かに言った。

「あの子は、自分が思っているより、ちゃんと人に伝わっているの」 「……」 「言葉じゃない部分が」 「それは……」 「もちろん全部が正確に伝わっているわけじゃないわ」 少しだけ間があった。 「でも、ゼロじゃない」

ケンジは何も言えなかった。

ユウもまた、その言葉に少しだけ視線を落とした。

たしかに、正確ではない。

というか、だいぶ違う。

かなり違う。

ほぼ誤解である。

でも——

鍛冶屋のおじさんの短剣も。

子どもの「つよい」も。

パン屋のおかみさんの涙も。

そこにあった気持ちまで、全部が嘘というわけではなかった。

それが、少しだけ困る。

否定しきれないものがある方が、たぶんずっと厄介だった。

荷物を抱えたまま、ユウは家の前に立ち尽くした。

見慣れた柵。

見慣れた庭。

見慣れた井戸。

毎日見ていたはずの景色が、今日は少しだけ違って見えた。

王都まで、まだ遠い。

何が待っているのかも分からない。

できれば行きたくない。

でも、もう出発は確定している。

そしてたった今、ひとつだけはっきりしたことがあった。

「ユウ、そろそろ行くわよ」

母に呼ばれ、ユウは小さく肩を揺らした。

それから、村人たちの方を振り返る。

たくさんの笑顔と期待の目が、そこにあった。

何か言うべきなのかもしれない、と思った。

でも、やっぱりうまく言葉にならない。

だから、結局いつものように口を開く。

「…………はい」

その瞬間。

「おおおおおっ!!」 「聞いたか今の“はい”を!」 「迷いがない!」 「村の未来を背負う声だった……!」 「そんな情報量ある!?」

ケンジのツッコミは、歓声にかき消された。

拍手まで起きている。

誰かが泣いている。

なぜかガウまで一回だけ吠えた。

ユウは、その中心で呆然としていた。

今、自分は何かすごいことを言っただろうか。

たぶん言っていない。

というか、ほぼいつもの返事だった。

でも、周りはそう受け取っていない。

何を言っても。

何も言わなくても。

勝手に意味が生まれて、勝手に話が大きくなっていく。

母だけじゃなかった。

世界の方が、勝手に合わせてくる。

「……」

ユウは、静かに視線を落とした。

そして理解する。

黙っているだけで、伝説は生まれる。

それは勇者候補としては、たぶん便利なのかもしれない。

人としては、かなり困るけれど。

(……もう、何も言わない方が安全かもしれない)

それが、この日ユウが得た、

あまりにも後ろ向きな人生の知恵だった。

第3話 了

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