第23話:母親、最後の『はい』を確定させにくる
――凱旋式典、開始一時間前。
王城・勇者専用控室。
ユウが目を覚ました瞬間。
「おはよう、ユウ」
目の前に、ミツキがいた。
「……はい」 (なんでいるの)
「なんでいるんだよ!!」ほぼ同時にケンジが隣室から飛び込んできた。 「警備どうなってんだ!!」 「窓からよ」 「ここ三階だぞ!?」 「三階ね」 「把握してるのが怖いんだよ!!」
ミツキはすでに部屋を完全に把握していた。
カーテンの開き具合、ベッドのシワ、床の埃。 全部、整っていく。
「ちゃんと眠れた?」 「……はい」 (眠れてない)
「ご飯は?」 「……はい」 (食べてない)
「よかった」
よくない。
だが世界はそれを許さない。
――朝食会場。
ミツキが中心に立っている。
完全に自然な流れで、全員の未来が決まっていく。
「レティシア様、ユウのことお願いできますか?」 「はい!!」
「ガルドさん、引き続き護衛を」 「お任せください!!」
「セシルさん、城に残って記録を」 「承りました」
「待て待て待て!!」ケンジが机を叩く。 「なんで全員即答なんだ!? 本人まだ何も言ってないぞ!?」
「この子、迷うから」ミツキがさらりと言う。 「先に決めてあげた方が楽なのよ」
「楽なのは周りだけだろ!!」
「……はい」 (……そうなんだよな)
ユウの小さな相槌に、全員が安心した顔になる。
「勇者様が了承された!!」 「これで確定ですね!!」
「違うって言ってんだろ!!」
――そして。
控室。
テーブルの上には、
厚さ5センチの資料。
『勇者ユウ様・今後のライフプランニング(完全版)』
「重い!! 本より鈍器だろこれ!!」ケンジが叫ぶ。
ミツキはページをめくる。
「まず、お部屋は南向きで日当たり良好。結界付き。毎日三食ドラゴンステーキ」
「……はい」 (胃が死ぬ)
「婚約は来月。式は再来月。衣装は三パターン用意済み」
「……はい」 (俺、明日何着るかも決めてない)
「お父さんは城で雇ってもらったわ」
「……はい?」
「役職は『勇者の父・兼・ツッコミ係』」
「やめろォ!!」ケンジ絶叫。 「職業にするな!!」
「じゃあ名誉顧問にしておくわね」 「……はい」 (無職になった)
「納得するな!!」
ミツキは立ち上がり、ユウの服を整える。
その手つきは、完全に「仕上げ」のそれだった。
「いい? ユウ」
「……はい」
「外ではみんなが待ってる」
「……はい」
「あなたが『はい』って言うだけで、世界は全部うまくいくの」
「……」
「誰も困らないし、誰も傷つかない」
「……」
「お母さんが、全部正解を用意しておいたから」
部屋の空気が、静かに固定される。
逃げ道が、消える。
ケンジが小声で呟く。
「来るぞ……」
セシルも震える。
「“確定質問”です……」
ミツキが微笑む。
「じゃあ」
一歩、近づく。
「最後の確認ね」
「……」
ユウの喉が鳴る。
「式典が終わったら」
「……」
「そのままお城に住むわね?」
――来た。
完全な“確定”。
疑問形に見せかけた断定。
ケンジが叫ぶ。
「罠だ!! それ質問じゃない!! 未来の押し付けだ!!」
ガルドが真剣な顔で言う。
「これは……避けられない戦い……!」
「戦うな!! 会話だ!!」
ユウの口が、開く。
「……」
(言えば終わる)
(また)
(全部決まる)
「い……」
ミツキが即座に被せる。
「お部屋はもう用意してあるわ」
「は……」
「日当たりもいいし」
「……」
「レティシア様もいるし」
「……」
完全に塞がれる。
言葉の隙間が、ない。
(まただ)
(また言えない)
(ずっとそうだった)
(生まれてからずっと)
「何か言いたいことある?」
ミツキが優しく聞く。
本当に優しい声で。
「……」
(ある)
(いっぱいある)
(でも)
「……は」
「ええ、分かってるわ」
即確定。
「この子、昔からそうなの。返事は後でいいのよ」
「違う!! 今言おうとしてた!!」ケンジが叫ぶ。
だが誰にも届かない。
ミツキはドアに向かう。
「準備できたら呼ぶわね」
一歩、止まる。
「ユウ」
振り返らずに言う。
「大丈夫よ」
「……」
「あなたは、ちゃんとできるから」
扉が閉まる。
静寂。
ユウ、一人。
「……」
(大丈夫)
(ちゃんと)
(何が?)
(俺は)
(何をした?)
(何をしたい?)
ノック。
「ユウ」
ケンジが入ってくる。
何も言わず、隣に立つ。
しばらく沈黙。
「……式典、もうすぐだ」
「……はい」
「全部決まってるらしいな」
「……はい」
「……どうする」
「……」
窓の外。
王都が輝いている。
歓声。
期待。
全部が、ユウを待っている。
「……」
胸の奥に、何かがある。
ずっと前からあったもの。
名前のない何か。
「……はい」
その「はい」は、
今までと違った。
ケンジが小さく頷く。
「……そうか」
それ以上は聞かない。
「行くぞ」
「……はい」
二人は扉に向かう。
その瞬間。
ユウの足が、
ほんの一瞬だけ、
止まった。
誰にも気づかれないほどの、
小さな抵抗。
だがそれは――
初めての“ズレ”だった。
扉の向こう。
光と歓声。
世界が待っている。
まだ、
答えは出ていない。
まだ、
確定していない。
第23話 了




