第20話:魔王、勇者より母親を警戒する
重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
ギィィィィィ……
「……」
誰も喋らない。 喋れない。
視界の先にあるのは、玉座。 そして——そこに座る存在。
魔王・ゼノス。
「……」
(あ、無理) (これは無理) (今までとレベル違う) (帰りたい) (お母さん助けて——いや来られても困る)
ユウの内心は完全に崩壊していたが、顔面だけはいつも通りの無表情だった。
その無表情を見て——
魔王が、ゆっくり立ち上がる。
一歩、前に出る。
圧が、空気を歪める。
「……来たか、勇者」
低く、重い声。
ガルドが剣を握り直す。 セシルが魔力を練る。 レティシアが息を呑む。 ケンジが小声で「逃げる?」と呟く。
そして魔王は——
「……戦う前に、一つだけ確認させろ」
空気が張り詰める。
(来る……核心……!!)
「……お前の母親は、来ていないだろうな?」
「「「そこ!?」」」
ケンジが叫んだ。
「ラスボスの第一声がそれかよ!!」
「黙れ!!」
魔王が即座に怒鳴った。
「これは極めて重要な確認事項だ!!」
「重要なのは分かるけど順番おかしいだろ!!」
「おかしくない!! 最重要だ!!」
魔王は真剣だった。 本気で。 心の底から。
その視線は、ユウではなく——
天井。 柱の影。 玉座の裏。 カーテンの隙間。
「……どこにいる」
「いやいねぇよ!!」
「黙れと言っている!!」
魔王は完全に警戒態勢だった。
「我が情報網はすでに掴んでいる……」 「道中の罠の無力化」 「四天王の壊滅」 「城内構造の完全把握」 「そして——あんパン」
「そこ情報入ってんの!?」
「入っている!!」
魔王は断言した。
「食堂三番テーブル裏。ラップ包み。賞味期限当日」 「完全に戦略だ」
「戦略じゃねぇよ家庭のやつだよ!!」
「甘く見るな!!」
魔王が叫ぶ。
「あの女は……普通ではない」 「洗濯物の干し方で部下が三人精神崩壊したのだぞ!!」
「何したんだよお母さん!!」
ユウは心の中で叫んだ。
(やめて) (世界にバレてる)
魔王はゆっくりとユウを見る。
「答えろ、勇者」 「母親は——来ているのか?」
「……」
(来てない) (たぶん来てない) (でも言い方が難しい) (はい?いいえ?どっち?)
「……はい」
「——っ!!」
魔王が後ろに飛んだ。
「来ているのか!!」
「違います!!」
ケンジが叫ぶ。
「来てないです!!」
「だが『はい』と言った!!」
「うちの息子それしか言えねぇんだよ!!」
「何その縛り!?」
「こっちが聞きたいわ!!」
魔王は額に汗を浮かべる。
「……ならば確認する」 「その『はい』は」 「"来ていない"の肯定か」 「"来ている"の肯定か」
「……はい」
「どっちだァァァァ!!」
魔王が絶叫した。
「答えになっていない!!」
「「「いつもです!!」」」
パーティー全員が即答した。
沈黙。
数秒。
魔王は深呼吸した。
「……落ち着け、私」 「相手は勇者だ」 「冷静に分析しろ」
「いや今一番取り乱してるのお前だからな」
ケンジがぼそっと言う。
魔王は無視した。
「……勇者ユウ」 「私は長年、お前を調べてきた」
「……」
「沈黙の勇者」 「無言で敵を圧倒し」 「意思を読ませず」 「戦況を支配する」
「全部違います」
ケンジが即訂正。
「ほぼ誤解です」
セシルも補足。
「本人一番困ってます」
レティシアも追撃。
「……はい」
(助けて)
魔王は少しだけ目を細めた。
「……だが、分かったことがある」
静かに言う。
「お前の行動の裏には、常に——母親の影がある」
「……」
「地図」 「手紙」 「罠の情報」 「食料補給」
「食料補給言うな」
「完全に兵站だ」
「やめろ軍事用語にするな」
魔王は一歩近づいた。
「……お前は」 「管理されているのか?」
「……」
(管理) (されてるのか)
(……されてる気がする)
「……はい」
静かな肯定。
場が、一瞬止まった。
魔王の目が変わる。
怒りでも恐怖でもない。
「……そうか」
低く呟いた。
そして。
「もう一つ聞く」
「……はい?」
「貴様は——」
空気が張り詰める。
「本当に、自分の意思でここへ来たのか?」
「……」
時間が止まる。
誰も喋らない。
ユウの頭の中に、これまでの旅が流れる。
地図。 指示。 あんパン。 スキップ。 回避。 正解。
(俺は)
(選んだ?)
(何かを?)
「……」
答えが出ない。
出るはずもない。
「……」
十秒。
二十秒。
魔王が口を開く。
「……沈黙か」
「……」
「それが答えだな」
「違います!!」
ケンジが叫ぶ。
「ただ言えないだけです!!」
「……なるほど」
魔王は静かに頷いた。
「空っぽではない」 「未完成か」
「……」
(未完成)
(そうかもしれない)
「……面白い」
魔王は笑った。
初めて、ほんの少しだけ。
「こんな勇者は初めてだ」
「……はい」
「……だが」
魔王が構える。
圧が一気に増す。
「理由がどうあれ」 「ここに来た以上——戦うしかない」
「……はい」
(やっぱり戦うんだ)
「ただし」
魔王が真顔に戻る。
「母親がいなければな」
「まだ言うのかよ!!」
「言う!!」
魔王が叫ぶ。
「本当に来ていないのだな!? 本当に!?」
「……はい」
「どっちの意味だ!!」
「はい!!」
「やめろォォォォォ!!」
魔王、再びパニック。
「くそ……分からん……どこにいる……」 「エプロンで来るのか……?」 「鍋持ってくるのか……?」
「何と戦ってんだお前!!」
ケンジがツッコむ。
ユウはその光景を見ていた。
(怖い) (魔王より) (お母さんの方が怖がられてる)
(なんだこれ)
でも。
一つだけ。
分かったことがある。
(俺) (今ここにいる)
理由は分からない。
でも——
「……はい」
小さく呟いた。
誰に向けたわけでもなく。
ただ。
自分に対して。
魔王が構え直す。
「来い、勇者」
ガルドが剣を上げる。 セシルが魔法陣を展開する。 レティシアが祈る。 ケンジが「死ぬなよ」と呟く。
ユウは、剣を握る。
(まだ分からない)
(でも)
(ここにいる)
「……はい」
最終決戦の幕が、上がる——
※なお魔王はこの後もずっと背後を警戒している
第20話 了




