第19話:魔王城突入、でも母の方が先に待ってる気がする
――ギィィィィ……
重厚な音を立てて、魔王城の門が開いた。
禍々しい瘴気。 圧倒的な威圧感。 普通なら「いよいよ最終決戦だ」と胸が高鳴る場面――のはずだった。
「……で、次どうするんだっけ」 ケンジが、遠足のしおりを確認する父親みたいなテンションで言った。
「はい。ミツキ様のメモによれば」 セシルが即座に紙を広げる。 「『玄関入ってすぐのガーゴイル像は、左の角を捻ると自爆。無視して三歩右、そのままスキップで通過』とあります」
「なんでスキップ指定なんだよ」
「リズムが大事とのことです」
「何の」
「不明です」
「不明かよ!!」
「……はい」
ユウは、完全に感情を失った目でスキップした。
トン、トン、トン。
背後――
ドゴォォォォォン!!!
ガーゴイルが爆発した。
「見事!!」 ガルドが感涙する。 「罠の起動タイミングを読み切り、最小動作で回避するとは!!」
「違う!!」 ケンジが即座に否定する。 「母親の言う通りにスキップしただけだ!!」
「……はい」
(もう否定する気力もない)
一行は城内へ進む。
広い。 暗い。 長い。
そして――全部わかっている。
「次は床抜けです」 セシルが淡々と指示する。 「右側三歩分だけ安全です」
全員が右を歩く。
何も起きない。
「……当たった」 ガルドが呟く。
「当たりましたね」 セシルが記録する。
「もう“当たる”って言い方やめろ」 ケンジが頭を抱える。 「試験じゃねえんだぞ」
「……はい」
(試験だよこれ)
次。
「三歩目で伏せてください」
全員伏せる。
ヒュンッ!!
矢が頭上を通過。
「……当たった」 「当たりましたね」 「怖いくらい当たるな」
「……はい」
(全部当たる)
(全部正解)
(全部お母さん)
ユウの足取りが、わずかに重くなる。
だが進むしかない。
「次は隠し扉です」 セシルが壁をコンコン叩く。 「三回叩くと開きます」
ゴゴゴゴ……
扉が開く。
「……当たった」 「当たりましたね」 「もはや恐怖だな」
「……はい」
(恐怖です)
(全面的に同意です)
さらに進む。
回転床、毒霧、落とし穴――
すべて回避。
すべて正解。
すべて母。
「……これさ」 ケンジがぽつりと呟いた。 「攻略してるっていうか……」
「はい」 セシルが言った。 「答え合わせです」
「言い切るなよ!!」
「事実です」
「……はい」
(否定できない)
食堂に差し掛かる。
「ここが食堂です」 セシルが確認する。 「西側。地図通りです」
「……当たった」
「昼飯食う余裕ねえな」
「……いいえ」
ユウが小さく首を振る。
(ちょっと食べたい)
(でもそれどころじゃない)
そのとき。
ユウの足が止まった。
「……?」
「どうされました、ユウ様?」 レティシアが覗き込む。
ユウは、無言でメモを指差した。
『食堂の三番目のテーブルの裏に、あんパンを貼り付けておいたわ。賞味期限は今日まで。母より』
「……」
「……」
「……嫌な予感しかしない」
ケンジが言った。
ユウが、ゆっくりテーブルの裏に手を伸ばす。
ぺり。
「あった」
温かい。
ラップに包まれた、出来立てのあんパン。
「「「なんでだよぉぉぉぉ!!!」」」
城内に絶叫が響いた。
「なんで魔王城に出来立てのあんパンがあるんだ!!」 「ミツキ殿、いつ侵入したのだ!?」 「衛生管理どうなってるんだここ!!」
「……はい」
ユウは静かに食べた。
もぐ。
(うまい)
(いつもの味)
(安心する)
(……なんで?)
(ここ魔王城だよな?)
ユウの中で、何かがズレていく。
その横顔を、レティシアがじっと見ていた。
「……勇者様」
声が、少しだけ違った。
いつもの崇拝ではない。
「……はい」
「表情が、硬いですわ」
「……」
「怖いのですか?」
「……はい」
(怖い)
「でも、それだけではない顔をしています」
ユウは止まる。
初めて。
完全に止まる。
「勇者様は……」
レティシアは、ほんの少し迷ってから言った。
「本当に、これを望んでいるのですか?」
空気が変わる。
ガルドも、ケンジも、セシルも。 誰も口を挟まない。
ユウの手が止まる。
(望んでるか)
(俺は)
(これを)
(魔王を倒すこと?)
(この道を進むこと?)
(お母さんの用意した正解をなぞること?)
長い沈黙。
そして――
「……いいえ」
小さな声。
今までの否定とは違う。
ただの、本音。
「……」
レティシアは、ゆっくり頷いた。
「そう、ですわよね」
少しだけ、悲しそうに。
「私たちは……勇者様に“正解”ばかりを求めすぎていたのかもしれません」
「しんみりするな!!」
ケンジがぶった切る。
「ほら次だ次!! 『エレベーターは三回叩くと来る。ただしお母さんの愚痴を言いながら』だそうだ!!」
「なんでそんな条件なんだ!!」
「知らん!!」
「……いいえ」
ユウが即答した。
(それは無理)
「沈黙拒否!! つまり母への敬意!!」
「違う!! 恐怖だよ!!」
結局、無言で三回叩いたら普通に来た。
「条件なんだったんだよ!!」
「検証不能です」
「するなそんな検証!!」
エレベーターで上へ。
最上階。
静まり返る廊下。
セシルが、最後のページをめくる。
「……」
「どうした」
「……ここから先は」
全員が覗き込む。
『この先は地図では案内できないわ。でも大丈夫。ユウならちゃんとできるから。母より』
「……」
「……」
「……最後だけ書いてないのか」
ケンジが呟く。
「はい」 セシルが言う。 「意図的です」
「なんでだよ」
「推測ですが」
セシルは静かに言った。
「ここから先は、“ユウ殿が自分で決める場所”だからでは」
沈黙。
ユウは、扉を見る。
(ここから先)
(地図がない)
(正解がない)
(……怖い)
でも同時に――
(少しだけ)
(楽な気もする)
「……はい」
小さく、頷く。
「行くぞ」 ケンジが言う。
「一人じゃない」 ガルドが言う。
「支援は万全です」 セシルが言う。
「……無理しないでくださいね」 レティシアが言う。
「……はい」
ユウは扉に手をかけた。
(俺は)
(俺の意思で)
(ここに来たのか)
答えはまだ出ない。
でも――
足は、前に出た。
「……はい」
誰に向けたわけでもない、その一言とともに。
物語は、世界の中心へ進む。
第19話 了




