第20話「合理は万能ではない」
共同市場設立から二ヶ月。
王都の経済は、ようやく落ち着きを取り戻した。
価格は緩やかに揺れ、
商人は怒鳴り、
冒険者は文句を言いながら働き、
勇者はときどき在庫を抱え、
芋はなぜか定番商品になった。
「……暫定均衡」
レオンは帳簿を閉じる。
効率八七%。
破綻ゼロ。
暴動ゼロ。
だが、完全安定ではない。
それでいい。
◆
王都会議室。
「最終報告だ」
財務大臣が言う。
「共同市場は成功と見なす」
ゴルドが腕を組む。
「成功……か」
「売上は戻ったぞ」
「でも、前より疲れる」
エルマが目を輝かせる。
「揺らぎがあるからです!」
「疲労をポジティブに言うな!」
セレネがレオンを見る。
「総括を」
レオンは立ち上がる。
「合理は市場を壊します」
会議室が静まる。
「供給を最適化し、価格を固定し、競争を排除すれば、短期的には安定します」
「だが?」
「活気が消えます」
ゴルドがうなずく。
「確かに、つまらなかった」
「市場は数字だけでは動きません」
レオンは続ける。
「感情、期待、衝動。揺らぎが必要です」
アルドが小さく笑う。
「ようやく人間らしいことを言うな」
「記録済みです」
「記録するな」
小さな笑いが起こる。
◆
会議後。
王都の広場はいつもの騒がしさを取り戻していた。
値札はばらつき、
商人は値切り、
子どもは走り回る。
レオンの視界に映る色は、鮮やかだ。
完全ではない。
だが豊かだ。
「第二章、完了ですね」
セレネが隣に立つ。
「章?」
「市場編です」
「まだ業務は続きます」
「もちろん」
彼女は少しだけ真顔になる。
「ですが」
「?」
「成功しすぎたことが、外に波及しています」
レオンの視界に、新たな線が走る。
王都の外。
他国。
別の勢力。
「周辺諸国が共同市場を警戒しています」
「経済侵略と見なされています」
ゴルドが後ろで叫ぶ。
「今度は何だ!」
「戦争か!?」
レオンは静かに答える。
「可能性はあります」
アルドの目が鋭くなる。
「剣の出番か」
「まだです」
セレネが言う。
「今度は“外交”です」
市場は成功した。
だが世界は狭くない。
合理が一国を救えば、
別の国が揺らぐ。
「……最短は?」
セレネが問う。
「強硬策」
「却下です」
「承知しています」
レオンは広場を見渡す。
笑い声。
芋の匂い。
剣の鈍い光。
「合理は万能ではありません」
静かに言う。
「万能なら、世界はもう終わっています」
セレネが微笑む。
「ようやく総務らしくなりましたね」
「総務は世界を軽視しません」
遠くで鐘が鳴る。
平和の音。
だがその向こうで、新たな揺らぎが生まれている。
経済は安定した。
だが世界は、もっと複雑だ。
合理と揺らぎ。
その均衡を保ちながら、総務は次の舞台へ向かう。
市場は笑って弾け、
そして静かに呼吸を続ける。
物語は、まだ終わらない。
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